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■2009/08/22 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
7
屋敷の中は、次第に明るくなっていく。屋敷を取り囲む自然も、賑やかにさえずり始めている。なのに、屋敷の中は奇妙なくらい沈黙していた。人の声どころか、気配すら感じない。
「それにしても、静かな屋敷ですよね。昨日はたくさん人がいたように思えたんですけど、どうしたんですか?」
私は屋敷を見回しながら時田に訊ねた。やはり、それだけ広すぎるのだろうか。
「見合いの儀の期間中は、最低限の警備を残して、使用人はほとんど帰宅しております。もしうっかり目を合わせてしまったら、大変ですからな。見合いの儀を拒否したい者は、この町から一時的に出ておりますよ」
「それでいいんだ……」
時田の説明に、私は呆れたようにため息をついた。見合いの儀が嫌なら、街を出ればいいという話だったのか。というか、やっぱりみんな見合いの儀を嫌がってたんだね。
「どちらかといえば糸色家当主、大様の余興、という部分が大きいですからな。とはいえ、そのおかげでこの町での成婚率、出生率ともに安定しております。外の世界では晩婚化、少子化などと騒がれていますが、この町ではそんな話は聞きませぬな。こういった自由恋愛が複雑化している時代だからこそ、意外に必要なシステムかもしれません」
時田は歩きながら考えをまとめるように話をした。
私は、なるほど、と思って聞いていた。迷惑に思える見合いの儀も、役に立つところはあるらしい。
「そうそう、少し寄り道して行きましょう。実は料理人も出ておりましてな。厨房に食事の作り置きがあるのですよ。せっかくですので、運んで行きましょう。私一人ですので、日塔さんにも手伝ってもらえるとありがたいのですが」
「ええ、いいですよ」
私は頷いて了解した。
時田は次の角を右に曲がり、奥詰まった場所へと入っていった。間もなく現れた左手の部屋が、厨房だった。
厨房は広々としていて、地面が土間になっていた。大きなテーブルが二つ置かれて、壁にコンロや洗い場がたくさん並んでいた。どこかの料亭みたいな眺めだった。
ただ今は料理人の姿はなく、鍋類も寸胴も綺麗に整頓されている。無人の厨房に朝の真っ白な光が差し込んで、清潔な空間だったから、廃墟のような寂しさはなかった。
テーブルの上に、大皿がいくつか置かれ、おにぎりが満載にしてあった。どうやら、あれが作り置きらしい。
でもそんな厨房に、動く気配があった。テーブルに隠れるように、陰がもぞもぞと動いている。
「誰?」
私は身を乗り出して呼びかけてみた。
影がくるりとこちらを振り向いた。マリアだった。マリアは淡いピンクの着物に、ワンピースのようなものを羽織らせていた。
「マリアちゃんじゃない。駄目じゃない、人の家のものを勝手に食べちゃ」
私は目を伏せながら、草履を履いて厨房に入っていった
「でも、もう誰か食ってたぞ」
マリアは天真爛漫な笑顔でこちらを振り向き、テーブルを指さした。私はさっと目元を掌で覆う。この子は多分、見合いの儀のルールを理解していない。
私はマリアの視線をかわしつつ、テーブルの前に進んだ。確かに、空になったボウルが一つ置かれていた。ボウルの底と縁に、ぬめりが残っている。おそらくスープのようなものが入れてあったのだろう。
「きっと、先生だよ。ほら、マリアちゃんもおにぎり運ぶの手伝って。ご飯にしよう」
私はマリアを嗜めて、大皿の前に向かった。スープが入れてあったらしいボウルは、時田が洗い場にもって行き洗水した。
次回032 第4章 見合う前に跳べ8 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P031 第4章 見合う前に跳べ
7
屋敷の中は、次第に明るくなっていく。屋敷を取り囲む自然も、賑やかにさえずり始めている。なのに、屋敷の中は奇妙なくらい沈黙していた。人の声どころか、気配すら感じない。
「それにしても、静かな屋敷ですよね。昨日はたくさん人がいたように思えたんですけど、どうしたんですか?」
私は屋敷を見回しながら時田に訊ねた。やはり、それだけ広すぎるのだろうか。
「見合いの儀の期間中は、最低限の警備を残して、使用人はほとんど帰宅しております。もしうっかり目を合わせてしまったら、大変ですからな。見合いの儀を拒否したい者は、この町から一時的に出ておりますよ」
「それでいいんだ……」
時田の説明に、私は呆れたようにため息をついた。見合いの儀が嫌なら、街を出ればいいという話だったのか。というか、やっぱりみんな見合いの儀を嫌がってたんだね。
「どちらかといえば糸色家当主、大様の余興、という部分が大きいですからな。とはいえ、そのおかげでこの町での成婚率、出生率ともに安定しております。外の世界では晩婚化、少子化などと騒がれていますが、この町ではそんな話は聞きませぬな。こういった自由恋愛が複雑化している時代だからこそ、意外に必要なシステムかもしれません」
時田は歩きながら考えをまとめるように話をした。
私は、なるほど、と思って聞いていた。迷惑に思える見合いの儀も、役に立つところはあるらしい。
「そうそう、少し寄り道して行きましょう。実は料理人も出ておりましてな。厨房に食事の作り置きがあるのですよ。せっかくですので、運んで行きましょう。私一人ですので、日塔さんにも手伝ってもらえるとありがたいのですが」
「ええ、いいですよ」
私は頷いて了解した。
時田は次の角を右に曲がり、奥詰まった場所へと入っていった。間もなく現れた左手の部屋が、厨房だった。
厨房は広々としていて、地面が土間になっていた。大きなテーブルが二つ置かれて、壁にコンロや洗い場がたくさん並んでいた。どこかの料亭みたいな眺めだった。
ただ今は料理人の姿はなく、鍋類も寸胴も綺麗に整頓されている。無人の厨房に朝の真っ白な光が差し込んで、清潔な空間だったから、廃墟のような寂しさはなかった。
テーブルの上に、大皿がいくつか置かれ、おにぎりが満載にしてあった。どうやら、あれが作り置きらしい。
でもそんな厨房に、動く気配があった。テーブルに隠れるように、陰がもぞもぞと動いている。
「誰?」
私は身を乗り出して呼びかけてみた。
影がくるりとこちらを振り向いた。マリアだった。マリアは淡いピンクの着物に、ワンピースのようなものを羽織らせていた。
「マリアちゃんじゃない。駄目じゃない、人の家のものを勝手に食べちゃ」
私は目を伏せながら、草履を履いて厨房に入っていった
「でも、もう誰か食ってたぞ」
マリアは天真爛漫な笑顔でこちらを振り向き、テーブルを指さした。私はさっと目元を掌で覆う。この子は多分、見合いの儀のルールを理解していない。
私はマリアの視線をかわしつつ、テーブルの前に進んだ。確かに、空になったボウルが一つ置かれていた。ボウルの底と縁に、ぬめりが残っている。おそらくスープのようなものが入れてあったのだろう。
「きっと、先生だよ。ほら、マリアちゃんもおにぎり運ぶの手伝って。ご飯にしよう」
私はマリアを嗜めて、大皿の前に向かった。スープが入れてあったらしいボウルは、時田が洗い場にもって行き洗水した。
次回032 第4章 見合う前に跳べ8 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/08/21 (Fri)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
6
廊下の土壁にもたれかかってウトウトとしていると、辺りが白く輝きだすのを感じた。目を開けると、庭園が青く浮かぶのが見えた。水平線がじわりと赤く輝き始めている。庭園の森林は、夜の影を残しながら静かにその姿を克明にしている。
私は身を起こして、左右を見た。誰も見ていないのを確認。私は他人の家で迷子になった挙句、廊下で野宿をするという珍しい体験をしてしまった。だけど、あえてそれを誰かに言いたいと思わない。さすがにちょっと恥ずかしい。
私は立ち上がって、欠伸と背伸びを同時にした。固まった腰をポキポキと鳴らす。
それから私は、しばし廊下の端に進み出て、日が昇りかける庭園を眺めた。こちらは貴重な経験だった。
やがて森林の向うに、真っ白に輝く光が現れた。ついに夜明けだ。私は日の出を見届けて、そろそろと行動を移りはじめた。
私はもう棚から牡丹餅とか、そういう考えはなかった。とにかく人恋しくて、誰かと合流して話でもしたかった。
そう思って廊下を曲がると、ふっと誰かが現れた。私はさっと目を背けた。相手も目を背けた。それから私は、目線を落としたまま相手を確認した。時田だった。
「どうなさいました? 望ぼっちゃまは見付かりましたかな」
時田は穏やかな執事の調子で私に声をかけた。
「いえ、どうも道に迷ったみたいで。皆はどこにいるんですか。はじめにいた客間に戻りたいんですけど」
私は恥ずかしいとか思わずに、率直に道を尋ねた。
「東の屋敷ですな。どうぞこちらへ。案内しましょう」
時田は丁寧に言って、背中を向けた。私は安心して顔を上げて、時田の背中を追って歩き始めた。
「……先生は今、どうしています? もう誰かと目を合わせちゃいましたか」
ちょっと知るのが恐いけど、それでも尋ねてみた。
「いいえ。望ぼっちゃまはしぶとく逃亡中ですよ」
私はほっと息を吐いた。例え同じクラスの友達でも、糸色先生が誰かのものになってしまったと思うと、穏やかな気持ちではいられないような気がする。
「時田さんは、先生を子供の頃から知っているんですか?」
私は少し安心したついでに、なんでもない話題を投げかけた。
「そうですね。お仕えして、もう随分になります」
時田は、遠い過去を回想するように、顔を上げた。その声が、年齢の深みを感じさせるようだった。
「先生の子供の頃って、どうでした? やっぱり今みたいに落ち着きのある子供だったんですか?」
私は楽しげな気分で、時田の背中に訊ねた。
「いいえ。高校時代まで随分やんちゃな子供でしたな。しかし、あれは17歳の時でしたな。大きな事件があって……。いや、これは話すべきことじゃありませんでしたな」
「……はあ」
時田は何かを話かけたが、中断してしまった。どんな話だったんだろう。でも、今は聞くべきタイミングじゃないような気がした。
私は時田に従いて、廊下を進んで行った。時田は迷いなく廊下を進んでいく。屋敷はまだ夜が明けたばかりで、暗い影を落としている。中庭を横切った。淡い光が射しているけど、それでもまだ常夜灯の明かりのほうが際立っていた。
庭園の鳥たちは、すでに目を覚ましてざわざわとし始めている。風も目を覚ますように草や花を揺らしている。まだ暗くても、自然の時間はもう夜ではないという感じだったし、ここにいるとそれが肌で感じられた。
だけど時田は、はっとしたふうに足を止めた。
「おや、これはしまった」
時田らしくない高い声だった。
「どうしました?」
私も足を止めて、ちょっと時田を覗きこむようにした。
「話ながらでしたので、道を間違えてしまった。いや、お恥ずかしい。さっきの道を左でしたな」
時田は気まずそうに目線を落としながら、回れ右をした。
私は時田が通れるように場所を開けた。
「広いお屋敷ですものね。そりゃ、道も間違えますよ」
私は軽くフォローした。確かに道に迷って戻れなくなるくらい広い屋敷だ。間違えるくらいするだろう。
次回 P031 見合う前に跳べ7 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P030 第4章 見合う前に跳べ
6
廊下の土壁にもたれかかってウトウトとしていると、辺りが白く輝きだすのを感じた。目を開けると、庭園が青く浮かぶのが見えた。水平線がじわりと赤く輝き始めている。庭園の森林は、夜の影を残しながら静かにその姿を克明にしている。
私は身を起こして、左右を見た。誰も見ていないのを確認。私は他人の家で迷子になった挙句、廊下で野宿をするという珍しい体験をしてしまった。だけど、あえてそれを誰かに言いたいと思わない。さすがにちょっと恥ずかしい。
私は立ち上がって、欠伸と背伸びを同時にした。固まった腰をポキポキと鳴らす。
それから私は、しばし廊下の端に進み出て、日が昇りかける庭園を眺めた。こちらは貴重な経験だった。
やがて森林の向うに、真っ白に輝く光が現れた。ついに夜明けだ。私は日の出を見届けて、そろそろと行動を移りはじめた。
私はもう棚から牡丹餅とか、そういう考えはなかった。とにかく人恋しくて、誰かと合流して話でもしたかった。
そう思って廊下を曲がると、ふっと誰かが現れた。私はさっと目を背けた。相手も目を背けた。それから私は、目線を落としたまま相手を確認した。時田だった。
「どうなさいました? 望ぼっちゃまは見付かりましたかな」
時田は穏やかな執事の調子で私に声をかけた。
「いえ、どうも道に迷ったみたいで。皆はどこにいるんですか。はじめにいた客間に戻りたいんですけど」
私は恥ずかしいとか思わずに、率直に道を尋ねた。
「東の屋敷ですな。どうぞこちらへ。案内しましょう」
時田は丁寧に言って、背中を向けた。私は安心して顔を上げて、時田の背中を追って歩き始めた。
「……先生は今、どうしています? もう誰かと目を合わせちゃいましたか」
ちょっと知るのが恐いけど、それでも尋ねてみた。
「いいえ。望ぼっちゃまはしぶとく逃亡中ですよ」
私はほっと息を吐いた。例え同じクラスの友達でも、糸色先生が誰かのものになってしまったと思うと、穏やかな気持ちではいられないような気がする。
「時田さんは、先生を子供の頃から知っているんですか?」
私は少し安心したついでに、なんでもない話題を投げかけた。
「そうですね。お仕えして、もう随分になります」
時田は、遠い過去を回想するように、顔を上げた。その声が、年齢の深みを感じさせるようだった。
「先生の子供の頃って、どうでした? やっぱり今みたいに落ち着きのある子供だったんですか?」
私は楽しげな気分で、時田の背中に訊ねた。
「いいえ。高校時代まで随分やんちゃな子供でしたな。しかし、あれは17歳の時でしたな。大きな事件があって……。いや、これは話すべきことじゃありませんでしたな」
「……はあ」
時田は何かを話かけたが、中断してしまった。どんな話だったんだろう。でも、今は聞くべきタイミングじゃないような気がした。
私は時田に従いて、廊下を進んで行った。時田は迷いなく廊下を進んでいく。屋敷はまだ夜が明けたばかりで、暗い影を落としている。中庭を横切った。淡い光が射しているけど、それでもまだ常夜灯の明かりのほうが際立っていた。
庭園の鳥たちは、すでに目を覚ましてざわざわとし始めている。風も目を覚ますように草や花を揺らしている。まだ暗くても、自然の時間はもう夜ではないという感じだったし、ここにいるとそれが肌で感じられた。
だけど時田は、はっとしたふうに足を止めた。
「おや、これはしまった」
時田らしくない高い声だった。
「どうしました?」
私も足を止めて、ちょっと時田を覗きこむようにした。
「話ながらでしたので、道を間違えてしまった。いや、お恥ずかしい。さっきの道を左でしたな」
時田は気まずそうに目線を落としながら、回れ右をした。
私は時田が通れるように場所を開けた。
「広いお屋敷ですものね。そりゃ、道も間違えますよ」
私は軽くフォローした。確かに道に迷って戻れなくなるくらい広い屋敷だ。間違えるくらいするだろう。
次回 P031 見合う前に跳べ7 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/20 (Thu)
映画:外国映画■
16歳で、南北戦争に参加し、殺人と強盗の方法を学んだ。
除隊後、その経験を生かし、数々の強盗に17件の殺人を犯した。
そして、世界で最初の銀行強盗を成功させた男だった。
ジェシーは生きている間から、人々のヒーローだった。
毎日のように新聞はジェシーの悪事を書き、そのいくつかは物語にもなった。
そんなジェシーに憧れる若者がいた。
ボブ・フォードもその一人だった。
ボブは、ジェシーに憧れるあまり、彼の一団に加わり、列車強盗を働く。
ボ
もっと注目されるべきだ。もっと称賛されるべきだ、と思っていた。
しかし、現実のボブは、誰も注目しない。いつも、からかわれてばかり。
イメージの中の自分と、現実の自分。そのギャップが受け入れられない。
若い時には、誰もが陥る葛藤を、ボブは強く抱いていた。
誰もがジェシーを知りたいと思っていたし、ジェシーの周囲には人が集った。
ボブにとってジェシーは、憧れの存在である以上に、理想の自分だった。
ジェシーはボブの内面を冷徹に審査して、こう問いかける。
「俺みたいになりたいのか。俺になりたいのか」
現実は違った。
疑り深く、凶暴で、容赦のない男だった。
ジェシーは、誰も信頼していなかった。誰もが、自分を殺そうとしていると思っていた。一方で、殺してくれる誰かを待っていた。
間もなくジェシーは、ボブを恐れるようになる。
いつしかボブは、ジェシーを殺す計画を立てるようになっていた。
ボブは激しく葛藤していた。
ジェシーを愛しているのか、恐れているのか。
……彼に愛されたいたのか。
ボブは、孤独だった。愛されたかったし、信頼されたかった。
ジェシーは、何人殺そうとも、英雄だった。誰からも愛されていた。
ボブは、ジェシー自身になりたかった。
注目されるようになると、人は悲しい目で地平を眺め、死を望むようになる。
いつか誰かが殺しに来る。
そんな日を恐れながら、望みをもって待ち続けるのだ。
映画記事一覧
作品データ
監督 アンドリュー・ドミニク 原作 ロン・ハンセン
音楽 ニック・ケイヴ ウォーレン・エリス
出演 ブラッド・ピット ケイシー・アフレック
サム・シェパード メアリー=ルイーズ・パーカー
ジェレミー・レナー ポール・シュナイダー
■2009/08/20 (Thu)
映画:日本映画■
舞台は、島根県の、全校生徒6人の小さな学校だ。
そのうち中学生はたったの3人。右田そよは、一人きりの中学3年生だった。
その夏、東京から、男の子が転校してきた。
大沢広海。右田そよと同じ、中学3年生だ。
右田そよは、初めて接する同世代の男の子に戸惑い、やがて恋心に目覚める。



物語は、夏の場面から始まる。
カット全体に、青々とした色彩が広がり、建物も人間も、自然の風景に抱かれている。
風景は美しく、時間の流れはゆるやかで、人々の生活は穏やかに静止しているようだ。
桃源郷世界のように描かれた田舎。だが、実際の田舎は、映画で描かれるような楽園ではない。あくまでも映画の中の虚構、バーチャル的なものと受け止めたほうがいい。本当に田舎で過ごした人間から見るとあまりにもファンタジックだ。実際的な風景ではなく、都会人が抱きがちな幻想や理想を描いた作品であると受け取るべきだろう。
海への道を歩く子供たちが、自然の風の音に耳を澄ませる。
セミやふくろうの鳴き声に混じって、ごうごうと風の音が鳴る。
おおらかな風景と、風の音に包まれ、次第に物語の風景に抱かれるような、そんな錯覚を覚える。
都市に暮らす人にとって『天然コケッコー』の映像体験は、バーチャルな感覚をもたらしただろう。
主演の夏帆は、今時の少女としては素晴らしく清楚な印象がある。桃源郷世界の中心に立つ女神にふさわしい美しさだ。
そんな終わりも始まりもないと思える時間の流れは、どこかで変化を迎える。
右田そよの、恋の予感だ。
主演を演じた夏帆は、演技力というより、もっと自然な感性で右田そよという人格を体現した。
この年齢でしか持てない瑞々しさが、フィルム一杯にあふれていた。
修学旅行で東京に行く場面。田舎の穏やかさとわかりやすい対比を描いている。田舎者が都会に行くと、実際に映画で描かれているようなカルチャーギャップを体験する。
右田そよは、間もなく中学校を卒業して去っていく。
それは、ただ学校を去っていくというのではなく、子供時代との別離だ。
子供時代の奔放さを捨てて、もう一段階の成長。
恋の始まりは、恋愛の予兆ではない。
少女の成長を促し、性的な意識を覚醒させる、一つの段階でしかない。
少年の役割は、少女の成長を促し、異界へ誘うための使者だ。
青春の物語はいつか終る。もっとも、青春の輝きは、その当人で自覚できない。青春という情緒を表現し、留めておけるのはフィルムの中だけだ。
いつか、右田そよが学校に戻ってくる日が来るかもしれない。
でもそのときは、あの時と、きっと目線の高さが違っているはずだ。
だからといって、完全な大人になるわけではない。
ほんのちょっと、一歩だけ成長する物語だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:山下敦弘 原作:くらもちふさこ
音楽:レイ・ハラカミ 脚本:渡辺あや
出演:夏帆 岡田将生 夏川結衣 佐藤浩市
柳英里沙 藤村聖子 森下翔梧 本間るい
そのうち中学生はたったの3人。右田そよは、一人きりの中学3年生だった。
その夏、東京から、男の子が転校してきた。
大沢広海。右田そよと同じ、中学3年生だ。
右田そよは、初めて接する同世代の男の子に戸惑い、やがて恋心に目覚める。
物語は、夏の場面から始まる。
カット全体に、青々とした色彩が広がり、建物も人間も、自然の風景に抱かれている。
風景は美しく、時間の流れはゆるやかで、人々の生活は穏やかに静止しているようだ。
セミやふくろうの鳴き声に混じって、ごうごうと風の音が鳴る。
おおらかな風景と、風の音に包まれ、次第に物語の風景に抱かれるような、そんな錯覚を覚える。
都市に暮らす人にとって『天然コケッコー』の映像体験は、バーチャルな感覚をもたらしただろう。
右田そよの、恋の予感だ。
主演を演じた夏帆は、演技力というより、もっと自然な感性で右田そよという人格を体現した。
この年齢でしか持てない瑞々しさが、フィルム一杯にあふれていた。
右田そよは、間もなく中学校を卒業して去っていく。
子供時代の奔放さを捨てて、もう一段階の成長。
恋の始まりは、恋愛の予兆ではない。
少女の成長を促し、性的な意識を覚醒させる、一つの段階でしかない。
少年の役割は、少女の成長を促し、異界へ誘うための使者だ。
いつか、右田そよが学校に戻ってくる日が来るかもしれない。
でもそのときは、あの時と、きっと目線の高さが違っているはずだ。
だからといって、完全な大人になるわけではない。
ほんのちょっと、一歩だけ成長する物語だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:山下敦弘 原作:くらもちふさこ
音楽:レイ・ハラカミ 脚本:渡辺あや
出演:夏帆 岡田将生 夏川結衣 佐藤浩市
柳英里沙 藤村聖子 森下翔梧 本間るい
■2009/08/20 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
5
「誰じゃ! そこにおるだろう!」
竹林を前にして、少女が一人で立っていた。誰なのか確認をする前に、鋭い声が私に向けられた。それで、少女が倫であるとわかった。
「私です。あの、望先生の生徒です」
私はいきなり怒鳴られて、気後れするように名乗り出た。
「それ以上近付くな。見合いの儀は同性同士でも成立する」
倫は私に背を向けたまま警告した。
「嘘。……本当に?」
私は思わず聞き返してしまった。この国で同性同士の結婚が認められているなんて、初耳だった。
倫が何かを振り上げた。刀だ。月明かりが刃に光を与えた。光が斜めに落ちた。竹がざわざわ全身を揺らしながら、ゆっくりと地面に滑り落ちた。それが謎の音の正体だった。
「この地域のみに認められている特別な制度だ。お前も、お兄様に惚れておるのか」
倫が刀を鞘に納めて、中断された話を続けた。
「え、それは、その……」
私は倫が手にしている刀にすっかり恐縮してしまった。それに、いきなり「好きか」なんて正面から聞かれても、簡単に答えられるわけがない。
「気にするな。お兄様の女癖の悪さは昔からじゃ。女を見ると、自分のものにしないと気が済まんのじゃ。だから、女の気をひくためならなんでもする。憐れみっぽい振りをしているのも、みんな女の気をひくためじゃ。バカな女ほど、簡単に釣られよるわ」
「先生はそんな人じゃありません!」
私は衝動的に怒鳴って返していた。倫の言葉に軽蔑するものを感じて、許せなくなった。
倫は、ちょっとびっくりしたふうにこちらに横顔を向けた。それからフッと鼻で笑った。精一杯の思いを簡単に押し返されてしまって、私は恥ずかしくて目線を落とした。
「気にするな。悪いのは自分の生徒に手を出したお兄様のほうじゃ」
倫の言葉が少しやわらかくなったように思えた。同性としての同情、みたいなものだろうか。でも私と倫の間に、すれ違いがあるのを感じた。
「あの、眠れないんですか。もう、夜の12時過ぎてますけど。倫さんも“見合いの儀”に参加しているんですか」
それでも、私はいくらか話しやすくなったように思えて、声をかけてみた。
「まあな。糸色家にはおかしな風習が多いのだが、“見合いの儀”もその一つだ。それに、父上はそういう変わった趣向を楽しむ性格でな。それで、私たちも毎年巻き込まれておるというわけじゃ」
倫は毅然とした調子で答えを返してくれた。良家のお嬢様として、一片も隙がないという感じだった。
「あの……。もしかして、夕方のこと、怒ってます? その、絶……って言っちゃたの」
「言うな!」
「ごめんなさい!」
やっぱり怒っていた。私は反射的に頭を下げた。
「恨めしいのはこの名前じゃ。この名前のせいで、何度誤解を受けたことか! 私は早く糸色の名前を捨てたいのに、これだという男はなかなか現れん。今時の男はどれも腑抜けばかりじゃ」
「そうですよね」
倫は厳しい声で不満を訴えた。私は愛想笑いを浮かべて、同意して頷くしかできなかった。
「そうではない。……この頃、夜になると妙な気配を感じるのじゃ。何度か起き出して確かめようとしたのだが、それらしい影は見付からん。気配を探ろうとすると、相手はふっと姿を消す。幽霊か何かを相手にしているようじゃ」
倫は気分を落ち着かせて、改めて説明をした。
私は顔を上げて、倫の後ろ姿の目を向けた。暗い月の明かりに、白い着物がぼんやりと浮かんでいた。多分、寝間着だろう。小さな背中に、波打った長い黒髪が被さっていた。
倫の後ろ姿は、意外なくらい細く小さかった。尊大な態度のせいか大きく思えていたけど、実際には私たちとあまり変わらない。倫の後ろ姿は、闇の中では弱々しく思えるくらい小さく、あまりにも頼りなげだった。
「そんな、気にしすぎですよ。広い家ですから、ラップ音か何かですよ」
私は倫を宥めるように、軽い調子で答えを返した。
「なめるな。武道の心得くらいある。気配を殺しても、不埒者の接近くらい察知できる。そんなものじゃない。確かに何かを感じるんじゃ。それとは違う、もっと異質で暗い気配じゃ……。だが使いの者から、何か失せ物があったなんて報告も聞かん。私は蜃気楼でも追いかけている気分じゃ」
倫は言葉に不安と困惑を浮かべていた。白い影が、危うく闇に飲まれそうに思えた。
「そんなにたくさんの召使がいて、被害もないんだったら、気にしなくていいですよ。そうだ、それはきっと座敷童子か何かですよ。気になるかもしれないけど、悪いものじゃないですよ」
私は可符香の言い草を真似して、明るい声をかけた。
「ならいいがな。しかし、私にはそのようなものには思えん。気をつけろ。この糸色家、何か潜んでおるぞ」
倫が警告するふうに言って、私を振り返った。
その瞬間、お互いにあっとなった。目が合ってしまった。私はさっと目を逸らした。倫も目を逸らした。
「い、今のはなしだからな」
倫が声を動揺で上擦らせていた。
「う、うん」
私は胸を抑えて、頷いて返した。掌に、胸が早鐘を打っているのを感じた。私は、うっかり女の子と目を合わせてしまったことに動揺していたが、それ以上に、倫とならいいかも、なんて思った自分に動揺を感じていた。
次回 P030 第4章 見合う前に跳べ6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P029 第4章 見合う前に跳べ
5
「誰じゃ! そこにおるだろう!」
竹林を前にして、少女が一人で立っていた。誰なのか確認をする前に、鋭い声が私に向けられた。それで、少女が倫であるとわかった。
「私です。あの、望先生の生徒です」
私はいきなり怒鳴られて、気後れするように名乗り出た。
「それ以上近付くな。見合いの儀は同性同士でも成立する」
倫は私に背を向けたまま警告した。
「嘘。……本当に?」
私は思わず聞き返してしまった。この国で同性同士の結婚が認められているなんて、初耳だった。
倫が何かを振り上げた。刀だ。月明かりが刃に光を与えた。光が斜めに落ちた。竹がざわざわ全身を揺らしながら、ゆっくりと地面に滑り落ちた。それが謎の音の正体だった。
「この地域のみに認められている特別な制度だ。お前も、お兄様に惚れておるのか」
倫が刀を鞘に納めて、中断された話を続けた。
「え、それは、その……」
私は倫が手にしている刀にすっかり恐縮してしまった。それに、いきなり「好きか」なんて正面から聞かれても、簡単に答えられるわけがない。
「気にするな。お兄様の女癖の悪さは昔からじゃ。女を見ると、自分のものにしないと気が済まんのじゃ。だから、女の気をひくためならなんでもする。憐れみっぽい振りをしているのも、みんな女の気をひくためじゃ。バカな女ほど、簡単に釣られよるわ」
「先生はそんな人じゃありません!」
私は衝動的に怒鳴って返していた。倫の言葉に軽蔑するものを感じて、許せなくなった。
倫は、ちょっとびっくりしたふうにこちらに横顔を向けた。それからフッと鼻で笑った。精一杯の思いを簡単に押し返されてしまって、私は恥ずかしくて目線を落とした。
「気にするな。悪いのは自分の生徒に手を出したお兄様のほうじゃ」
倫の言葉が少しやわらかくなったように思えた。同性としての同情、みたいなものだろうか。でも私と倫の間に、すれ違いがあるのを感じた。
「あの、眠れないんですか。もう、夜の12時過ぎてますけど。倫さんも“見合いの儀”に参加しているんですか」
それでも、私はいくらか話しやすくなったように思えて、声をかけてみた。
「まあな。糸色家にはおかしな風習が多いのだが、“見合いの儀”もその一つだ。それに、父上はそういう変わった趣向を楽しむ性格でな。それで、私たちも毎年巻き込まれておるというわけじゃ」
倫は毅然とした調子で答えを返してくれた。良家のお嬢様として、一片も隙がないという感じだった。
「あの……。もしかして、夕方のこと、怒ってます? その、絶……って言っちゃたの」
「言うな!」
「ごめんなさい!」
やっぱり怒っていた。私は反射的に頭を下げた。
「恨めしいのはこの名前じゃ。この名前のせいで、何度誤解を受けたことか! 私は早く糸色の名前を捨てたいのに、これだという男はなかなか現れん。今時の男はどれも腑抜けばかりじゃ」
「そうですよね」
倫は厳しい声で不満を訴えた。私は愛想笑いを浮かべて、同意して頷くしかできなかった。
「そうではない。……この頃、夜になると妙な気配を感じるのじゃ。何度か起き出して確かめようとしたのだが、それらしい影は見付からん。気配を探ろうとすると、相手はふっと姿を消す。幽霊か何かを相手にしているようじゃ」
倫は気分を落ち着かせて、改めて説明をした。
私は顔を上げて、倫の後ろ姿の目を向けた。暗い月の明かりに、白い着物がぼんやりと浮かんでいた。多分、寝間着だろう。小さな背中に、波打った長い黒髪が被さっていた。
倫の後ろ姿は、意外なくらい細く小さかった。尊大な態度のせいか大きく思えていたけど、実際には私たちとあまり変わらない。倫の後ろ姿は、闇の中では弱々しく思えるくらい小さく、あまりにも頼りなげだった。
「そんな、気にしすぎですよ。広い家ですから、ラップ音か何かですよ」
私は倫を宥めるように、軽い調子で答えを返した。
「なめるな。武道の心得くらいある。気配を殺しても、不埒者の接近くらい察知できる。そんなものじゃない。確かに何かを感じるんじゃ。それとは違う、もっと異質で暗い気配じゃ……。だが使いの者から、何か失せ物があったなんて報告も聞かん。私は蜃気楼でも追いかけている気分じゃ」
倫は言葉に不安と困惑を浮かべていた。白い影が、危うく闇に飲まれそうに思えた。
「そんなにたくさんの召使がいて、被害もないんだったら、気にしなくていいですよ。そうだ、それはきっと座敷童子か何かですよ。気になるかもしれないけど、悪いものじゃないですよ」
私は可符香の言い草を真似して、明るい声をかけた。
「ならいいがな。しかし、私にはそのようなものには思えん。気をつけろ。この糸色家、何か潜んでおるぞ」
倫が警告するふうに言って、私を振り返った。
その瞬間、お互いにあっとなった。目が合ってしまった。私はさっと目を逸らした。倫も目を逸らした。
「い、今のはなしだからな」
倫が声を動揺で上擦らせていた。
「う、うん」
私は胸を抑えて、頷いて返した。掌に、胸が早鐘を打っているのを感じた。私は、うっかり女の子と目を合わせてしまったことに動揺していたが、それ以上に、倫とならいいかも、なんて思った自分に動揺を感じていた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次