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■2009/09/03 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
1
東京駅で新幹線を降りて、丸の内線に乗り換えた。電車の窓に、馴染みのある風景が見えてきて、私は日常に戻っていくのを感じた。旅もそろそろおしまいだ。
間もなく電車は小石川の駅に到着した。みんなで電車を降りて、駅前の広場に集合する。時刻は4時を少し過ぎた頃。夏の日は長く、まだ昼のような明るさが辺りを包んでいた。
「じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。家に帰って気分を変えたいから」
最初にカエレが手を振って、私たちから離れた。
《俺も帰るぜ 実家に連絡して迎えよこした》
芽留からのメールだ。
メールを見ていると、私たちの前に、黒塗りのメルセデス・ベンツがやってきて停まった。芽留は私たちにさっと手を振ると、ベンツの後部座席へ入っていった。
私はぽかんと芽留に手を振って返していた。芽留の実家も、意外とお金持ちかもしれない。
「マリアも帰る。仲間たち、待ってるから」
マリアの声に、いつもの元気はなかった。旅行疲れなのか、少しふらふらしている。一人で大丈夫だろうか、と思ったら迎えがあったようだ。マリアの行く先に、浅黒い肌の人が待っていた。浅黒い肌の人は、マリアと手を繋いで、親子のように対話しながら去っていった。
「では、私もそろそろこれで失礼したいと思います。一応、各家庭に連絡が届いているはずですが、みなさんも早く親元に戻ってください」
糸色先生が穏やかな声で、私たちに帰るように促した。
「奈美ちゃん、どうする?」
可符香が私を振り返った。
私は、どうしよう、と考えていた。体力もあったし、まだ旅を終らせたくない、というのが本音だった。でも、どうするべきなのか、すぐに言葉にまとまらなかった。
「私は先生を送ってから帰るわ。先生一人だと、なんだか心配だもの。」
「いえ、先生は平気ですから」
千里が糸色先生の左掌を握った。糸色先生が拒絶しているが、千里が聞くはずがない。
「私、先生とずっと一緒だから」
すると糸色先生の右腕に、まといがすがりついた。
千里とまといが、先生を挟んで睨みあった。二人の顔に、強烈な対抗心が浮かび上がっていた。
「私も方向一緒だから、途中までみんなと行くわ」
あびるが普段のクールさに戻って意見を伝えた。
「うふふ。じゃあ、私も一緒しちゃおうかな」
藤吉がニヤニヤした笑顔を浮かべ始めた。
「なに一人で笑っているのよ、気持ち悪い。」
千里が藤吉を振り返った。
「いや、なんかそーいうシチュエーションで一本描けるかなって。……冗談だから」
周りの全員がシラッとした目を向けるのに、藤吉は慌ててごまかした。でも、藤吉はそういうのを描くだろうなと私は思った。私の中の藤吉さんは、すでに“まんがメガネ”として定着していた。
「じゃあ、私も一緒に行っちゃおうかな」
私はちょっと手を上げてみんなの意見に乗っかった。もともと糸色先生の家に押しかけるつもりだったんだし、都合が良かった。
「じゃあ、みんな一緒だね。みんなで先生の家に押しかけちゃいましょう!」
可符香が号令のようにみんなに声をかけた。私たちは調子よく「オー!」と声を合わせた。
次回 P044 第5章 ドラコニアの屋敷2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P043 第5章 ドラコニアの屋敷
1
東京駅で新幹線を降りて、丸の内線に乗り換えた。電車の窓に、馴染みのある風景が見えてきて、私は日常に戻っていくのを感じた。旅もそろそろおしまいだ。
間もなく電車は小石川の駅に到着した。みんなで電車を降りて、駅前の広場に集合する。時刻は4時を少し過ぎた頃。夏の日は長く、まだ昼のような明るさが辺りを包んでいた。
「じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。家に帰って気分を変えたいから」
最初にカエレが手を振って、私たちから離れた。
《俺も帰るぜ 実家に連絡して迎えよこした》
芽留からのメールだ。
メールを見ていると、私たちの前に、黒塗りのメルセデス・ベンツがやってきて停まった。芽留は私たちにさっと手を振ると、ベンツの後部座席へ入っていった。
私はぽかんと芽留に手を振って返していた。芽留の実家も、意外とお金持ちかもしれない。
「マリアも帰る。仲間たち、待ってるから」
マリアの声に、いつもの元気はなかった。旅行疲れなのか、少しふらふらしている。一人で大丈夫だろうか、と思ったら迎えがあったようだ。マリアの行く先に、浅黒い肌の人が待っていた。浅黒い肌の人は、マリアと手を繋いで、親子のように対話しながら去っていった。
「では、私もそろそろこれで失礼したいと思います。一応、各家庭に連絡が届いているはずですが、みなさんも早く親元に戻ってください」
糸色先生が穏やかな声で、私たちに帰るように促した。
「奈美ちゃん、どうする?」
可符香が私を振り返った。
私は、どうしよう、と考えていた。体力もあったし、まだ旅を終らせたくない、というのが本音だった。でも、どうするべきなのか、すぐに言葉にまとまらなかった。
「私は先生を送ってから帰るわ。先生一人だと、なんだか心配だもの。」
「いえ、先生は平気ですから」
千里が糸色先生の左掌を握った。糸色先生が拒絶しているが、千里が聞くはずがない。
「私、先生とずっと一緒だから」
すると糸色先生の右腕に、まといがすがりついた。
千里とまといが、先生を挟んで睨みあった。二人の顔に、強烈な対抗心が浮かび上がっていた。
「私も方向一緒だから、途中までみんなと行くわ」
あびるが普段のクールさに戻って意見を伝えた。
「うふふ。じゃあ、私も一緒しちゃおうかな」
藤吉がニヤニヤした笑顔を浮かべ始めた。
「なに一人で笑っているのよ、気持ち悪い。」
千里が藤吉を振り返った。
「いや、なんかそーいうシチュエーションで一本描けるかなって。……冗談だから」
周りの全員がシラッとした目を向けるのに、藤吉は慌ててごまかした。でも、藤吉はそういうのを描くだろうなと私は思った。私の中の藤吉さんは、すでに“まんがメガネ”として定着していた。
「じゃあ、私も一緒に行っちゃおうかな」
私はちょっと手を上げてみんなの意見に乗っかった。もともと糸色先生の家に押しかけるつもりだったんだし、都合が良かった。
「じゃあ、みんな一緒だね。みんなで先生の家に押しかけちゃいましょう!」
可符香が号令のようにみんなに声をかけた。私たちは調子よく「オー!」と声を合わせた。
次回 P044 第5章 ドラコニアの屋敷2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/09/01 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
18
屋敷を出ると、マイクロバスが一台待ち構えていた。乗り込むと、先頭の席に糸色先生が座って、窓の外を眺めていた。
「先生!」
まといが糸色先生に飛びつこうとした。
「駄目よ。私が隣に座るんだから。」
千里がまといの腕を掴んで引き止めた。
「いいから早く座んなさい。邪魔よ」
カエレが冷淡な声で、千里とまといを諌めた。千里とまといは、互いを睨みつけて、一緒の席に座った。それが無言で合意した妥協点らしい。ただし隣同士に座っても、千里とまといはつん、と別方向に顔を向けてしまった。
私たちみんながそれぞれの席に座ると、マイクロバスは出発した。私はぼんやりと窓の外の風景に目を向けた。窓の外は、緑に色づく田園風景が見えた。でも私は、そんな景色にも感心がいかなかった。
さっき私が屋敷で見たものはなんだったのだろうか。私の体内で、すっきり晴れないものがあった。
「奈美ちゃん、ジュースだよ」
隣に座った可符香が、私に声をかけた。振り向くと、可符香がパックのイチゴジュースを手にして、気遣わしげに微笑んでいた。
「うん、ごめんね」
私はイチゴジュースを受け取って謝った。可符香を少しでも不気味と思ったことに、申し訳なさを感じてしまった。
バスはやがて蔵井沢の駅に到着した。私は一緒に乗った時田から乗車券を渡され、丁寧な挨拶と共に別れた。
蔵井沢駅の改札口を抜けると、ちょうどよく新幹線が待っていた。新幹線に乗り、乗車券に示されている指定席に向かうと、すでに先客がいた。
「おつ~。どうたった?」
藤吉晴美だった。藤吉は、気楽そうに通路側に身を乗り出して、私たちに手を振った。読書中だったらしく、膝の上に本が開いたまま乗せてあった。
「あれ、藤吉さん。そういえば、いつの間にかいなくなってたんだっけ?」
私は藤吉に話しかけながら、その手前に座った。藤吉の隣に千里が座り、頬杖をついて窓の外を見詰める。その手前に、可符香が座った。ちょうど、私たちがやってきた時と同じ席順だった。
「うふふ。蔵井沢のイベントに参加して来たんだ。一杯買っちゃった」
藤吉は機嫌良さそうにそばに置いてあったカートを示した。カートの中は、何かが一杯に詰まって膨らんでいた。
「ええ~、なんかやってたの?」
私は羨ましくて声をあげた。
「そうだよ。奈美ちゃんも一冊読む? 面白いよ」
藤吉がカートを開けて、一冊引っ張り出して私に差し出した。背に何も書いていない、小冊子くらいの薄い本だった。
「え、見せて見せて」
私は期待に声を弾ませて、本を受け取った。
本を膝の上に載せて、最初の1ページ目を開いた。すると、花に囲まれた二人の裸の男が出てきた。
それ以上は描写しまいと思う。私は即座に本を閉じた。
「ごめん。返す」
私は藤吉に本を突き返した。目を合わせまいと下を向いていた。
「ええ、何で? 面白いのに」
藤吉は本を受け取りつつ、不本意らしい声をあげた。
「もういいから、そっとしておいてくれる」
私は藤吉から目を背けたまま、断固拒否の姿勢を示した。
なんとなく知的でお姉さん的雰囲気の藤吉晴美。というイメージは、一瞬のうちに崩壊してしまった。
「やめときなさい、晴美。あんたのマイノリティ趣味は、誰もついていけないから」
「ひどい!」
さらりと釘を刺す千里に、藤吉が非難の声をあげた。幼馴染らしいやり取りに思えた。
なんだかんだで、みんなの本性がわかる蔵井沢旅行だった。そう思うと、意外と収穫はあったかもしれない。2ヶ月遅れの学園生活を取り戻すための旅行。そう考えると、楽しい思い出の1ページになりそうだった。
次回 P043 第5章 ドラコニアの屋敷1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P042 第4章 見合う前に跳べ
18
屋敷を出ると、マイクロバスが一台待ち構えていた。乗り込むと、先頭の席に糸色先生が座って、窓の外を眺めていた。
「先生!」
まといが糸色先生に飛びつこうとした。
「駄目よ。私が隣に座るんだから。」
千里がまといの腕を掴んで引き止めた。
「いいから早く座んなさい。邪魔よ」
カエレが冷淡な声で、千里とまといを諌めた。千里とまといは、互いを睨みつけて、一緒の席に座った。それが無言で合意した妥協点らしい。ただし隣同士に座っても、千里とまといはつん、と別方向に顔を向けてしまった。
私たちみんながそれぞれの席に座ると、マイクロバスは出発した。私はぼんやりと窓の外の風景に目を向けた。窓の外は、緑に色づく田園風景が見えた。でも私は、そんな景色にも感心がいかなかった。
さっき私が屋敷で見たものはなんだったのだろうか。私の体内で、すっきり晴れないものがあった。
「奈美ちゃん、ジュースだよ」
隣に座った可符香が、私に声をかけた。振り向くと、可符香がパックのイチゴジュースを手にして、気遣わしげに微笑んでいた。
「うん、ごめんね」
私はイチゴジュースを受け取って謝った。可符香を少しでも不気味と思ったことに、申し訳なさを感じてしまった。
バスはやがて蔵井沢の駅に到着した。私は一緒に乗った時田から乗車券を渡され、丁寧な挨拶と共に別れた。
蔵井沢駅の改札口を抜けると、ちょうどよく新幹線が待っていた。新幹線に乗り、乗車券に示されている指定席に向かうと、すでに先客がいた。
「おつ~。どうたった?」
藤吉晴美だった。藤吉は、気楽そうに通路側に身を乗り出して、私たちに手を振った。読書中だったらしく、膝の上に本が開いたまま乗せてあった。
「あれ、藤吉さん。そういえば、いつの間にかいなくなってたんだっけ?」
私は藤吉に話しかけながら、その手前に座った。藤吉の隣に千里が座り、頬杖をついて窓の外を見詰める。その手前に、可符香が座った。ちょうど、私たちがやってきた時と同じ席順だった。
「うふふ。蔵井沢のイベントに参加して来たんだ。一杯買っちゃった」
藤吉は機嫌良さそうにそばに置いてあったカートを示した。カートの中は、何かが一杯に詰まって膨らんでいた。
「ええ~、なんかやってたの?」
私は羨ましくて声をあげた。
「そうだよ。奈美ちゃんも一冊読む? 面白いよ」
藤吉がカートを開けて、一冊引っ張り出して私に差し出した。背に何も書いていない、小冊子くらいの薄い本だった。
「え、見せて見せて」
私は期待に声を弾ませて、本を受け取った。
本を膝の上に載せて、最初の1ページ目を開いた。すると、花に囲まれた二人の裸の男が出てきた。
それ以上は描写しまいと思う。私は即座に本を閉じた。
「ごめん。返す」
私は藤吉に本を突き返した。目を合わせまいと下を向いていた。
「ええ、何で? 面白いのに」
藤吉は本を受け取りつつ、不本意らしい声をあげた。
「もういいから、そっとしておいてくれる」
私は藤吉から目を背けたまま、断固拒否の姿勢を示した。
なんとなく知的でお姉さん的雰囲気の藤吉晴美。というイメージは、一瞬のうちに崩壊してしまった。
「やめときなさい、晴美。あんたのマイノリティ趣味は、誰もついていけないから」
「ひどい!」
さらりと釘を刺す千里に、藤吉が非難の声をあげた。幼馴染らしいやり取りに思えた。
なんだかんだで、みんなの本性がわかる蔵井沢旅行だった。そう思うと、意外と収穫はあったかもしれない。2ヶ月遅れの学園生活を取り戻すための旅行。そう考えると、楽しい思い出の1ページになりそうだった。
次回 P043 第5章 ドラコニアの屋敷1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/01 (Tue)
シリーズアニメ■
前巻までのあらすじ(第十集より)
ジョン=マッツオのたっての願いを世迷い言と断りきれずステージに立つも、ボーイズソプラノを強要されて声帯潰し、2分でブーイング退場。次週に控えたシャンソンの発表会も棒に振り、失意の中ピアノの森に走るもそこは漫画の森。強制的に整理券を渡されサイン会に並ぶやいなや前の男が話しかけてきた。「フランスではMANGAは9番目の芸術って言われているんですよ」と最近流行のオタナショナリズムを延々聞かされ疲弊する。話がグレンダイザーの視聴率にさしかかった時、ようやく順番が廻ってきて見た先にいたのはなんと「メープルピンピン」と名を変えたかつての椎名先生。「何やってんスか?」「いや、いろいろあってね」と、ボツ原稿と生肉で出来た締め切りを知らせる闇の時計台の話をし始めた。その時、遠くからこの世のものとは思えぬ鐘の音が。「逃げろ! 緑のヤツが来るー。」
尼になった急場
原作124話 昭和83年1月23日掲載
凍えるような木枯らしが吹く頃だった。千里がバス亭へ行くと、後ろに受験生が列を作って並び始めた。バス停の背後には予備校。受験生たちは必死な顔で、問題集や参考書を眺めていた。原作124話 昭和83年1月23日掲載
「急場しのぎじゃあ、学も身につかないでしょうに。」
千里は呆れる気持ちを隠さず呟いた。
「いやいや、むしろ今の時代、“急場しのぎ力”が問われるのです」
糸色望の声が千里に掛けられた。千里が振り向くと、植え込みのブロック塀に望が座っていた。
「でも、急場しのぎでは根本的な解決にならないじゃないですか。」
しかし千里は、望の意見に反抗して声をあげた。
「急場しのぎですから、その場さえしのげればいいいのです。先生は知っています。ウチの組の皆さんがこの力を持ち合わせている事を」
望は強い言葉で千里を諭そうとする。
ところ変わって、2のへ組教室。
「実は今日、私の誕生日なんだ」
唐突な日塔奈美の宣言。へ組一同が茫然と奈美を注目した。
「知ってた?」
「いや、初めて知った」
小節あびると藤吉晴美が顔を合わせる。どちらの顔も祝うといより、きょとんとした無表情だった。
「ははは、いーよ、いーよ。どうせ……」
奈美ががっかりした声をあげた。その目に、薄く涙が浮かぶ。
「何かお祝いしないとね。ちょっと待ってて」
場を取り繕うようにあびるは言うと、教室を出て行った。すぐに戻ってきた。
「こ、これ」
あびるが持っていたのは、たった今、自動販売機で買ってきたパックのジュース。
奈美の表情に、どんよりと横線が落ちる。
「ええ、どうしよう! 私も何も用意していない! ……あ」
おろおろとする晴美だったが、すぐに何か気付いたらしい。晴美は自分の鞄をごそごそと探り始める。そうして出てきたのは、漫画の単行本。しかも中途半端に第3巻。
急場しのぎのプレゼントは次から次へと集ってくる。
牛乳パックにお菓子、なんか鞄に入っていたらしい薬、折鶴、消しゴム、変な落書きが入ったモグ・ピープル……。
学校で急場しのぎで用意されたプレゼントには、切なさが漂う。
でもまだ、プレゼントを用意していない少女がいた。風浦可符香だ。
「どうしよう私は、みんなのように気のきくようなプレゼントを持ち合わせていない。そうだ。私には歌があるじゃないか!」
今のアニメに/足りないもの/それは/乱源流/つまり/大人のキャラクター
絵コンテ・演出:飯村正之 作画監督:山縣亜紀 色指定:森綾
制作協力:虫プロダクション
三十年後の正解
原作172話 昭和84年3月4日掲載
今日はテストの返却日。テストを返却された直後から、教室全体がざわざわとし始めた。原作172話 昭和84年3月4日掲載
「あー! ここ正解なのに×が付いています!」
初めに大声をあげたのは木津千里だった。千里は望の立つ教壇の前に進み、テストを用紙を見せて抗議する。
「正解なのに×。大人の世界ではしばしば、正解が正解でない事があるのです!」
しかし望は、言い訳もせず堂々と自説を宣言し始めた。
「はー!」
千里は当然納得がいかず、望に食って掛かろうとする。
その時、唐突に背後の黒板が左右にスライドをし始めた。その向こうに現れたのは2のほ組教室――ではなく、クイズ番組のスタジオだった。
いきなりだが、クイズ番組の始まりだった。最初の回答者は芸人達。回答席に、若手の芸人達がずらりと並んだ。
「問題です。「猿も木から落ちる」と同じ意味のことわざで、河童の何というでしょうか?」
ピンポーン
「川流れ」
ブブー。
「ええー、合っているじゃない!」
千里が困惑を込めた声をあげた。
「質問の回答としてはね」
小節はあびるは淡々と千里に言葉を返した。
芸人がクイズ番組にフツーに答えてはならない。芸人にとって、クイズ番組は一種の大喜利である。
次の回答者は会社員達。出題者は会社社長である。
「キミたち。DIGOって誰の孫だか知ってる?」
ピンポーン
「竹下元首相の孫ですよね」
当り……だけどブブー。
正しい答え方はこうだ。
「存じません。流行には疎いもので。どなたか有名な方のお孫さんなんですか?」
正解だけど、正解ではない場合がある。とくに世間では、正しく答えてはならない状況は多くある。特にそれは国家においては顕著だった。
例えば「高知県足摺岬沖豊後水道周辺で領海侵犯したのはどこの国の潜水艦でしょう」
答えは「中国」
しかし、答え方としては正しくない。正しくは、
「国籍不明の潜水艦。もしくはクジラを誤認」
次の問題はある人物。「偽造パスポートで入国し、某テーマパークで遊んでいたあの中年の男は誰?」
答えは「金正男」
しかし、答え方としては正しくない。正しくは、
「もにょもにょもにょもにょ」
どんな答えでも、正しければ良いというものではない。正しい行動をとれば良いというものでもない。世の中には、正解ではない正解がいくつもあるのだ。
ツッ/コ/ン/だら/負けかなと/思っている
絵コンテ・演出:飯村正之 作画監督:田中穣 青葉たろ 岩崎安利 色指定:石井理英子
ジェレミーとドラゴンの卵
原作169話 昭和84年2月4日掲載
ゴルフ場。短く刈り込まれた緑の芝生がどこまでも続いていた。なだらかな起伏を持つ丘をずっと進んだところに、旗がひらひらとはためいている。原作169話 昭和84年2月4日掲載
ティーイングランドに立ったのは藤吉晴美だった。ゴルフクラブを持ち、思い切りよく振りかぶる。ボールが空の青に消えた。再びグリーンに現れたときには、はるか彼方だった。290ヤード。
「おー、凄い飛距離! ナイスショット!」
風浦可符香が元気な声をあげた。
だが例によって、糸色望の顔は淡白で暗い。
「……まあ、シロウトなんて飛距離さえ出れば、スコアボロボロでも満足するものです。しかし世の中、あまり飛距離が出すぎてもいかがなものかというものも存在するのです」
「何か、言ってることが矛盾していません?」
また始まった、なんてあきれた顔を隠しながら、日塔奈美が意見をした。
「お兄様、新しいコースが完成しましたわ。皆さんをお連れして」
糸色倫がカートに乗ってきて声を掛けた。
そういうわけで移動してきた場所は、小石川の町中だった。
一番ホールとして案内されたのは、独身男性の一人部屋。散らかった部屋に、ジャージ姿の男性が退屈そうにベッドの角にもたれかかっている。
「部屋じゃない?」
千里が不可解をあらわすように声をあげた。
「この少年の飛距離がどんなものか見てみましょう」
「ちなみにボールもクラブも使いません」
望と倫が、ルールを端的に説明した。
間もなくして男が動き出した。ジャージ姿のまま、靴を穿いて部屋を後にする。
近所のコンビにでも行くのか――。いや、そのまま駅に向かい、電車に乗った。最終的には友達と映画館に到着。
そう、これは――家からジャージで外出できる距離!
他にもコースは色々と用意されていた。
繁華街で、路上駐車した車からどこまで離れられるか。
某テーマパークから、マスコットキャラクターの耳付きカチューシャをしたままどこまで遠くへ行けるか。
コミケで恥ずかしいキャラクターがプリントした紙袋を手に入れて、どこまで遠くへ行けるか。
幼子を車内に放置して、親はどこまで遠くに行けるか。
そして男が一度は挑戦してみたい難コース。それは――裸でどこまでいけるか!(関連する壁紙が商品紹介下の「続き」にあります)
飛距離の競い合いはまだまだ続く。次なる挑戦は、
「何?」
宿直室。小森霧が急な来客に振り返った。
「引きこもりがどこまで遠くにジャンプを買いに行けるか」
「これは飛距離でないでしょ。引きこもりだけに」
常月まといが挑発的に笑った。
これには、霧はむかぱっと感情を示した。
「私、バーディくらいなら出せるよ!」
霧が不満な顔を浮かべて立ち上がった。
つづく
どこまで労働基準法ぶっちぎれるか/どこまでスケジュール引っぱれるか/どれだけ睡眠時間を削れるか/どれだけ保険料を滞納できるか/どれだけ食費を削れるか/どこまでこの仕事を続けることができるのだろうか(あまり無理しないで下さい)
絵コンテ:龍輪直征 演出:宮本幸裕 作画監督:小林一三 色指定:石井理英子
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作品データ
監督:新房昭之 原作:久米田康治
副監督:龍輪直征 キャラクターデザイン・総作画監督:守岡英行
シリーズ構成:東富那子 チーフ演出:宮本幸裕 総作画監督:山村洋貴
色彩設計:滝沢いづみ 美術監督:飯島寿治 撮影監督:内村祥平
編集:関一彦 音響監督:亀山俊樹 音楽:長谷川智樹
アニメーション制作:シャフト
出演:神谷浩史 野中藍 井上麻里奈 谷井あすか 真田アサミ
〇〇〇小林ゆう 沢城みゆき 後藤邑子 新谷良子 松来未祐
〇〇〇矢島晶子 後藤沙緒里 根谷美智子 堀江由衣 斎藤千和
〇〇〇上田耀司 水島大宙 杉田智和 寺島拓篤 高垣彩陽
〇〇〇立木文彦 阿澄佳奈 中村悠一 麦人 MAEDAXR
この番組はフィクションです。実在するドン・ブリコ、竹下元首相、ハン級原子力潜水艦とは一切関係ありません。
■
さのすけを探せ!
■2009/08/31 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
17
食事が終ると、いよいよこの屋敷ともお別れだった。私たちは女中に案内されて、廊下に出た。列を作って糸色家の長い廊下を進んだ。
中庭に出たところで人の気配がした。振り向くと、向うの廊下と廊下を結ぶ反り橋に、倫が立っていた。倫は側にボディガードを従えながら、こちらを見ていた。
「ちょっと待ってて」
私はみんなに断って、倫の前に進んだ。
倫も反り橋から降りて、私の前に進んできた。
「何だ、もう帰ってしまうのか」
倫はいつものように毅然としていたけど、どことなく寂しそうだった。
「うん。だって、帰ってしなくちゃいけないこともありますから。ああ、そうそう。倫さん、もう大丈夫ですよ」
私は倫を慰めるように微笑みかけ、思い出したように声をあげた。
「何がだ?」
倫が話の続きを促した。
「ほら、夜中に感じたっていう、あの気配。正体がわかりましたよ。地下坑道にいた、妖怪のおもちゃです。あれ、動く仕掛けになってたんです。あのおもちゃが多分、怪しい気配の正体ですよ」
私は何でもない事件のように微笑みながら説明した。私の想像だけど、糸色家にはああいう気味の悪い泥棒除けがたくさん設置されているのだと思う。それが夜中になって、勝手に動き出したりしたのだろう。倫が感じたという気配の正体はそれだったのだろう。
「うん、そうか」
倫は納得するように頷いた。
「それじゃあね」
と私は行こうと踵を返した。しかし、倫が名残惜しそうに私を引きとめようとした。
「あ、待って。……また、遊び来ても、いいぞ」
倫は少し目を伏せて、和人形のような白い肌をかすかに赤くしていた。
「うん。じゃあ、いつか必ず来るね。糸色先生と一緒に。じゃあね、倫ちゃん」
私は倫に手を振って、みんなの元に戻った。倫は恥ずかしげに微笑んで、小さく私に手を振って返していた。
しばらくして、廊下の先に正面玄関が見えた。正面玄関はどこかの旅館のように広かった。シンプルな木造の空間に、絵皿が二枚だけ飾られ、数奇屋造りのデザインをさりげなく引き立てていた。土間の敷石は綺麗な扇の形にはめ込まれていた。その土間に、私たちの靴が一列に並べて置かれていた。
私は列の一番後ろだったので、みんなが靴を履くのを順番にしばらく待った。
そうして立っていると、なぜか背中に目線を感じるような気がした。
私は振り向いた。すると、廊下を少し進んだ曲がり角のところに、女の子が一人立っていた。風浦可符香だった。
「何しているの、可符香ちゃん。こっちおいでよ」
私は呼びかけながら、なぜか奇妙な感覚に囚われるのを感じていた。
なぜ?
例えば、そこに立っている可符香はセーラー服姿だった。髪はたった今切ったばかりのようにぼさぼさで肩にかかっていた。トレードマークの髪留めは、いつも左の前髪なのに、右の前髪につけていた。それに、見間違いかもしれないけど、肌の色がかすかに緑色がかって見えた。そのせいかも知れないけど、いつも淡い赤の瞳が、その時は異様にくっきりとした色彩に見えた。
でもその容姿や背の高さ、印象は間違いなく風裏可符香だった。なのに、私は奇妙な違和感でセーラー服姿の可符香を見ていた。
「どうしたの、日塔さん。風浦さんだったら、ここにいるわよ。」
靴を履きおえた千里が、私を振り返って声をかけた。
私はえっとなって振り返った。確かに、千里の隣に可符香が立っていた。ここにやってきた時に着ていたワンピース姿だった。
わたしはもう一度、えっとさっきの場所を振り返った。しかし、そこに人の姿はなかった。
「日塔さん、しっかりしてよ。もう帰るのよ。」
千里が気を遣うように私に声をかけた。
私は茫然と廊下を眺めていた。私は幻を見ていたのだろうか。それとも……。
次回 P042 第4章 見合う前に跳べ18 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P041 第4章 見合う前に跳べ
17
食事が終ると、いよいよこの屋敷ともお別れだった。私たちは女中に案内されて、廊下に出た。列を作って糸色家の長い廊下を進んだ。
中庭に出たところで人の気配がした。振り向くと、向うの廊下と廊下を結ぶ反り橋に、倫が立っていた。倫は側にボディガードを従えながら、こちらを見ていた。
「ちょっと待ってて」
私はみんなに断って、倫の前に進んだ。
倫も反り橋から降りて、私の前に進んできた。
「何だ、もう帰ってしまうのか」
倫はいつものように毅然としていたけど、どことなく寂しそうだった。
「うん。だって、帰ってしなくちゃいけないこともありますから。ああ、そうそう。倫さん、もう大丈夫ですよ」
私は倫を慰めるように微笑みかけ、思い出したように声をあげた。
「何がだ?」
倫が話の続きを促した。
「ほら、夜中に感じたっていう、あの気配。正体がわかりましたよ。地下坑道にいた、妖怪のおもちゃです。あれ、動く仕掛けになってたんです。あのおもちゃが多分、怪しい気配の正体ですよ」
私は何でもない事件のように微笑みながら説明した。私の想像だけど、糸色家にはああいう気味の悪い泥棒除けがたくさん設置されているのだと思う。それが夜中になって、勝手に動き出したりしたのだろう。倫が感じたという気配の正体はそれだったのだろう。
「うん、そうか」
倫は納得するように頷いた。
「それじゃあね」
と私は行こうと踵を返した。しかし、倫が名残惜しそうに私を引きとめようとした。
「あ、待って。……また、遊び来ても、いいぞ」
倫は少し目を伏せて、和人形のような白い肌をかすかに赤くしていた。
「うん。じゃあ、いつか必ず来るね。糸色先生と一緒に。じゃあね、倫ちゃん」
私は倫に手を振って、みんなの元に戻った。倫は恥ずかしげに微笑んで、小さく私に手を振って返していた。
しばらくして、廊下の先に正面玄関が見えた。正面玄関はどこかの旅館のように広かった。シンプルな木造の空間に、絵皿が二枚だけ飾られ、数奇屋造りのデザインをさりげなく引き立てていた。土間の敷石は綺麗な扇の形にはめ込まれていた。その土間に、私たちの靴が一列に並べて置かれていた。
私は列の一番後ろだったので、みんなが靴を履くのを順番にしばらく待った。
そうして立っていると、なぜか背中に目線を感じるような気がした。
私は振り向いた。すると、廊下を少し進んだ曲がり角のところに、女の子が一人立っていた。風浦可符香だった。
「何しているの、可符香ちゃん。こっちおいでよ」
私は呼びかけながら、なぜか奇妙な感覚に囚われるのを感じていた。
なぜ?
例えば、そこに立っている可符香はセーラー服姿だった。髪はたった今切ったばかりのようにぼさぼさで肩にかかっていた。トレードマークの髪留めは、いつも左の前髪なのに、右の前髪につけていた。それに、見間違いかもしれないけど、肌の色がかすかに緑色がかって見えた。そのせいかも知れないけど、いつも淡い赤の瞳が、その時は異様にくっきりとした色彩に見えた。
でもその容姿や背の高さ、印象は間違いなく風裏可符香だった。なのに、私は奇妙な違和感でセーラー服姿の可符香を見ていた。
「どうしたの、日塔さん。風浦さんだったら、ここにいるわよ。」
靴を履きおえた千里が、私を振り返って声をかけた。
私はえっとなって振り返った。確かに、千里の隣に可符香が立っていた。ここにやってきた時に着ていたワンピース姿だった。
わたしはもう一度、えっとさっきの場所を振り返った。しかし、そこに人の姿はなかった。
「日塔さん、しっかりしてよ。もう帰るのよ。」
千里が気を遣うように私に声をかけた。
私は茫然と廊下を眺めていた。私は幻を見ていたのだろうか。それとも……。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/31 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
16
昼近くになって、みんなようやく目を覚ました。その頃になると、使用人たちは戻ってきていて、屋敷の中は元の賑やかさを取り戻していた。
私たちは女中に案内されて、まずお風呂に入った。お風呂はやはりというか、私たち全員が同時に浸かれるくらい広かった。窓が大きくて、露天風呂のように庭園の風景が望めた。お風呂は二階に設置されていたので、私たちは誰かから覗かれる心配もなく、ゆったりと二日分の泥と汗を落とし、疲労を癒した。
お風呂を上がると、やってきたときに着ていた服が準備されていた。念入りにクリーニングされていて、買ったばかりの服を着るような爽やかさだった。ちなみに、まといだけはあのチャラチャラした服ではなく、袴姿だった。
次に客間に戻ると、食事の用意が整っていた。私たちはそれぞれの場所に座って、豪華で栄養豊富そうな懐石料理を頂いた。
「それで、見合いの儀ってどうなったの?」
可符香は茶碗を手にしながら、誰となく訊ねた。
「あんなの無効よ。同性同士でも人間以外でも成立しちゃうなんて、ただの嫌がらせじゃない。」
千里が怒りを込めて答えを返した。
「本当、馬鹿馬鹿しい。時間を無駄にしたわ」
カエレが漬物を茶碗に載せながら、ぶつぶつと不満を訴えた。正座が苦手らしいカエレは、姿勢を崩して胡坐をかいている。カエレは糸色先生が好きらしい、という私の情報は間違っていたのだろうか。
「そう? 私は結構充実してたけどな。ここ、珍しい尻尾がたくさんいたから」
あびるだけ機嫌良さそうに声を弾ませていた。
「あなた、見合いの儀に参加してなかったじゃない。」
千里がきっとあびるに目を向けた。あびるは微笑で千里の目線を受け流した。
《ここ田舎杉だ 携帯で12時間2ちゃんやってたぜ 廃人になる前に帰ろうぜ》
みんなの携帯が同時に鳴った。芽留からのメールだった。食事中にメール打つのはよくないよ。
「で、“見合い”ってなんだったんだ?」
マリアが無邪気な声でみんなを見回した。マリアは箸をナイフかフォークのように掴み、頬に米粒をつけていた。
私はどんよりと視線を落とした。みんなも暗い顔をしてため息をついていた。やっぱりマリアは“見合いの儀”を理解していなかった。
「勝負はこれからよ」
「当り前よ。負けたと思ってないから。」
まといが千里を挑発するように睨んだ。千里もまといを睨んで返した。
この二人は、仲が悪くなったままだった。だったら、隣同士に座らなきゃいいのに。
私は、呆れるような気持ちで千里とまといに目を向けた。マリアの言うとおり、見合いの儀ってなんだったのだろう、とこの数日間を思い返した。ただの夏休みの一幕。楽しいイベントの一つ。そんなふうに捉えればいいのだろうか。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P040 第4章 見合う前に跳べ
16
昼近くになって、みんなようやく目を覚ました。その頃になると、使用人たちは戻ってきていて、屋敷の中は元の賑やかさを取り戻していた。
私たちは女中に案内されて、まずお風呂に入った。お風呂はやはりというか、私たち全員が同時に浸かれるくらい広かった。窓が大きくて、露天風呂のように庭園の風景が望めた。お風呂は二階に設置されていたので、私たちは誰かから覗かれる心配もなく、ゆったりと二日分の泥と汗を落とし、疲労を癒した。
お風呂を上がると、やってきたときに着ていた服が準備されていた。念入りにクリーニングされていて、買ったばかりの服を着るような爽やかさだった。ちなみに、まといだけはあのチャラチャラした服ではなく、袴姿だった。
次に客間に戻ると、食事の用意が整っていた。私たちはそれぞれの場所に座って、豪華で栄養豊富そうな懐石料理を頂いた。
「それで、見合いの儀ってどうなったの?」
可符香は茶碗を手にしながら、誰となく訊ねた。
「あんなの無効よ。同性同士でも人間以外でも成立しちゃうなんて、ただの嫌がらせじゃない。」
千里が怒りを込めて答えを返した。
「本当、馬鹿馬鹿しい。時間を無駄にしたわ」
カエレが漬物を茶碗に載せながら、ぶつぶつと不満を訴えた。正座が苦手らしいカエレは、姿勢を崩して胡坐をかいている。カエレは糸色先生が好きらしい、という私の情報は間違っていたのだろうか。
「そう? 私は結構充実してたけどな。ここ、珍しい尻尾がたくさんいたから」
あびるだけ機嫌良さそうに声を弾ませていた。
「あなた、見合いの儀に参加してなかったじゃない。」
千里がきっとあびるに目を向けた。あびるは微笑で千里の目線を受け流した。
《ここ田舎杉だ 携帯で12時間2ちゃんやってたぜ 廃人になる前に帰ろうぜ》
みんなの携帯が同時に鳴った。芽留からのメールだった。食事中にメール打つのはよくないよ。
「で、“見合い”ってなんだったんだ?」
マリアが無邪気な声でみんなを見回した。マリアは箸をナイフかフォークのように掴み、頬に米粒をつけていた。
私はどんよりと視線を落とした。みんなも暗い顔をしてため息をついていた。やっぱりマリアは“見合いの儀”を理解していなかった。
「勝負はこれからよ」
「当り前よ。負けたと思ってないから。」
まといが千里を挑発するように睨んだ。千里もまといを睨んで返した。
この二人は、仲が悪くなったままだった。だったら、隣同士に座らなきゃいいのに。
私は、呆れるような気持ちで千里とまといに目を向けた。マリアの言うとおり、見合いの儀ってなんだったのだろう、とこの数日間を思い返した。ただの夏休みの一幕。楽しいイベントの一つ。そんなふうに捉えればいいのだろうか。
次回 P041 第4章 見合う前に跳べ17 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次