■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2009/09/12 (Sat)
映画:日本映画■
はるかな天上から、天使がふわりと舞い降りてきた。
少女は、天使の姿をしていて、翼を背負っていた。
天使ははてしなく続く街と、その中でもがく人々を見下ろして、静かに、優しげに微笑む。
確かに深田恭子には年齢不詳のイメージがある。深田恭子自身が持っている特性をすくいあげ、天使という通俗的イメージに当てはめて作った作品だ。
コンビニ店員のカトウ。
シングルファザーの吉川。
クラスメイトから仲間はずれにされている瑞穂。
誰もが困難や葛藤を抱えて、言葉にならない苦悩を抱えている。
社会は、すべての人間にカテゴライズされた立場が与えられている。
だが彼らを取り巻く社会は、その人間の参加を承認していない。
ただ「立場」が与えられただけであって、その人間であることは求められず、堅牢なる社会構造の一端であることだけが求められている。
個人としてのアイデンティティすら社会の一部に飲み込まれ、個人としての必要を喪失した現代。
そうした時代の中で展開する葛藤と苦悩の物語。
現代にありがちなテーマの選択だ。
異論はあると思うが、デジタルこそ作家の飛躍したイメージを具現化するツールである。デジタルを使い、どんな作家独自の飛躍したイメージを刻印できるか。だが映画『天使』は通俗的イメージを決して越えない、凡庸な作品に止まった。
映画としては、陳腐極まりない作品だ。
登場人物が非常に多く、様々な状況が同時進行で描かれる。
だが、映画としての厚みはまったく感じられない。
テレビドラマで見るようなコミック的感覚をなにひとつ増強せず、劇場用カメラで撮影しただけの作品だ。
天使の姿にしても、作家独自のイマジナリィはなく、いかにも通俗的なイメージをなぞっただけだ。
宮坂まゆみの作家としての主体性は一片のない、発見を見出せない作品だ。
表現者としての基本ルールは、一度なんらかのメディアに使用された表現は『文法』として定着するまで再使用禁止である。作家が気にしなくても、周囲が「パクリだ!」「平凡だ」と糾弾するだろう。だが『天使』は何もかもが通俗的イメージだけで描かれた。それにおそらく監督も原作者も実社会での労働経験がないのだろう。どの瞬間にも厚みはなく、日常の描写すら親しみをもてない。
深田恭子を中心に置いたアイドル映画である。
深田恭子自身の魅力をいかに引き出し、増幅させられるかが、この映画の狙いだ。
天使の扮装をした深田恭子が、自由に飛び交い、言葉なく微笑む。
深田恭子は、はっきりと大人の女性だが、どこか少女的な幼さが漂う。
白い衣を身に纏った姿は、穢れなき存在を的確に具現化している。
深田恭子のために製作された映画であり、深田恭子に魅力を感じさせられるかがすべての作品だ。
もし、そこに陶酔的魅力を発見できれば、映画『天使』は成功したといえるだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:宮坂まゆみ 原作:桜沢エリカ
音楽:吉俣良 脚本:奥寺佐渡子
出演:深田恭子 永作博美 永瀬正敏 内田朝陽
〇〇〇佐藤めぐみ 小出早織 西田尚美 鰐淵晴子
〇〇〇大竹佑季 小林明実 森迫永依 泉谷しげる
少女は、天使の姿をしていて、翼を背負っていた。
天使ははてしなく続く街と、その中でもがく人々を見下ろして、静かに、優しげに微笑む。
確かに深田恭子には年齢不詳のイメージがある。深田恭子自身が持っている特性をすくいあげ、天使という通俗的イメージに当てはめて作った作品だ。
コンビニ店員のカトウ。
シングルファザーの吉川。
クラスメイトから仲間はずれにされている瑞穂。
誰もが困難や葛藤を抱えて、言葉にならない苦悩を抱えている。
社会は、すべての人間にカテゴライズされた立場が与えられている。
だが彼らを取り巻く社会は、その人間の参加を承認していない。
ただ「立場」が与えられただけであって、その人間であることは求められず、堅牢なる社会構造の一端であることだけが求められている。
個人としてのアイデンティティすら社会の一部に飲み込まれ、個人としての必要を喪失した現代。
そうした時代の中で展開する葛藤と苦悩の物語。
現代にありがちなテーマの選択だ。
異論はあると思うが、デジタルこそ作家の飛躍したイメージを具現化するツールである。デジタルを使い、どんな作家独自の飛躍したイメージを刻印できるか。だが映画『天使』は通俗的イメージを決して越えない、凡庸な作品に止まった。
映画としては、陳腐極まりない作品だ。
登場人物が非常に多く、様々な状況が同時進行で描かれる。
だが、映画としての厚みはまったく感じられない。
テレビドラマで見るようなコミック的感覚をなにひとつ増強せず、劇場用カメラで撮影しただけの作品だ。
天使の姿にしても、作家独自のイマジナリィはなく、いかにも通俗的なイメージをなぞっただけだ。
宮坂まゆみの作家としての主体性は一片のない、発見を見出せない作品だ。
表現者としての基本ルールは、一度なんらかのメディアに使用された表現は『文法』として定着するまで再使用禁止である。作家が気にしなくても、周囲が「パクリだ!」「平凡だ」と糾弾するだろう。だが『天使』は何もかもが通俗的イメージだけで描かれた。それにおそらく監督も原作者も実社会での労働経験がないのだろう。どの瞬間にも厚みはなく、日常の描写すら親しみをもてない。
深田恭子を中心に置いたアイドル映画である。
深田恭子自身の魅力をいかに引き出し、増幅させられるかが、この映画の狙いだ。
天使の扮装をした深田恭子が、自由に飛び交い、言葉なく微笑む。
深田恭子は、はっきりと大人の女性だが、どこか少女的な幼さが漂う。
白い衣を身に纏った姿は、穢れなき存在を的確に具現化している。
深田恭子のために製作された映画であり、深田恭子に魅力を感じさせられるかがすべての作品だ。
もし、そこに陶酔的魅力を発見できれば、映画『天使』は成功したといえるだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:宮坂まゆみ 原作:桜沢エリカ
音楽:吉俣良 脚本:奥寺佐渡子
出演:深田恭子 永作博美 永瀬正敏 内田朝陽
〇〇〇佐藤めぐみ 小出早織 西田尚美 鰐淵晴子
〇〇〇大竹佑季 小林明実 森迫永依 泉谷しげる
PR
■2009/09/12 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
10
水の底で濁流を聞くような、そんな感覚が私を取り巻いていた。とくん、と赤い色彩が浮かび上がる。真っ暗闇に、染み付くような暗い赤色だった。
その赤色に、女の子の影が映っているのが見えた。
あれは……、あれは……。
私は考えようと自分の意識を探った。記憶のずっと奥、大事なものがそこに眠っているような気がした。
あの女の子は……。
あたりがうっすらと光を持つのを感じた。ぼんやりした意識が覚醒を始める。目を覚まし始めたのだ。
私ははっと頭をあげた。睡魔を振り払うように辺りを見回した。
夢だったら良かった。夢オチで自分のベッドで目を覚ませばよかった。
でもそこは、狭い部屋の中だった。広さは多分、2畳くらい。壁も天井も真っ黒で、窓がなく、明かりは天井に吊るされている小さな裸電球だけだった。足元はじわりと湿って、藁が敷き詰められていた。
私は、蘭京太郎の秘密の部屋を連想していた。この空間の雰囲気は、あの秘密の部屋に似ているように思えた。
体を起こすと、向かいの壁で可符香がうずくまっているのが見えた。
「可符香ちゃん、私……」
私はまだ目の前が白くかすむのを感じた。でも寝ている場合ではない、と無理に頭を振った。
可符香は、私が訊ねようとした言葉の意味を理解して、首を振った。ここに閉じ込められて、どれだけ経つのか。可符香もわからないようだった。
私はふらふらとしながら立ち上がった。改めて辺りを見回す。立ち上がると天井が低く、手を伸ばせば指先がつきそうだった。壁には一切の継ぎ目はなかった。空気を取り入れるための小さな穴がぽつぽつとあるだけだった。
出入り口は一つだけ。左手に、重そうな鉄扉が立ち塞がっていた。
私は、急にパニックになった。いきなり鉄扉に飛びつき、思い切り叩いた。
「出して! ここから出して!」
私はガンガンと鉄扉を叩いた。
「皆いるんでしょ! 返事して! 千里ちゃん! まといちゃん! あびるちゃん! 藤吉さん!」
しかし返ってきたのは、どこかに跳ね返って木霊のように残響音を残す自分の悲鳴だけだった。
私は力を失って、鉄扉にすがりついたまま膝をついた。体の奥が熱を持って、目に涙が溢れ出した。喉の奥から、嗚咽が漏れた。激しい後悔を感じていた。
「奈美ちゃん、落ち着きなよ。ここには、私と健太郎君しかいないんだよ」
可符香が穏やかな感じで私の背中に声をかけた。
私は涙を拭って、可符香から安らぎを得ようと振り返った。そうして、思わず鉄扉を背に飛び退いてしまった。
可符香が部屋の隅で膝を抱えていた。その膝の上に、小さな頭蓋骨を置いていた。
私はもう一度、床に敷き詰められている藁に目を向けた。たっぷり湿気を吸ってくたびれた藁に、人の骨が混じっていた。骨はばらばらになっていたけど、どれも小さなものだった。
考える必要はなかった。ここで誰かが死んだのだ。しかも、私たちより幼い子供だった。
私は呼吸が詰まるのを感じて、足元にあるすべてを蹴って遠ざけようとした。藁も人骨も、自分の足元から遠ざけようとした。
「何、何なの、可符香ちゃん」
私はさっきとは違う意味で、目から涙を落としていた。
「大丈夫だよ、奈美ちゃん。この子は健太郎君。私のお友達だから」
可符香は頭蓋骨を両掌に持って、にっこりと微笑んでみせた。
次回 P053 第5章 ドラコニアの屋敷11 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P052 第5章 ドラコニアの屋敷
10
水の底で濁流を聞くような、そんな感覚が私を取り巻いていた。とくん、と赤い色彩が浮かび上がる。真っ暗闇に、染み付くような暗い赤色だった。
その赤色に、女の子の影が映っているのが見えた。
あれは……、あれは……。
私は考えようと自分の意識を探った。記憶のずっと奥、大事なものがそこに眠っているような気がした。
あの女の子は……。
あたりがうっすらと光を持つのを感じた。ぼんやりした意識が覚醒を始める。目を覚まし始めたのだ。
私ははっと頭をあげた。睡魔を振り払うように辺りを見回した。
夢だったら良かった。夢オチで自分のベッドで目を覚ませばよかった。
でもそこは、狭い部屋の中だった。広さは多分、2畳くらい。壁も天井も真っ黒で、窓がなく、明かりは天井に吊るされている小さな裸電球だけだった。足元はじわりと湿って、藁が敷き詰められていた。
私は、蘭京太郎の秘密の部屋を連想していた。この空間の雰囲気は、あの秘密の部屋に似ているように思えた。
体を起こすと、向かいの壁で可符香がうずくまっているのが見えた。
「可符香ちゃん、私……」
私はまだ目の前が白くかすむのを感じた。でも寝ている場合ではない、と無理に頭を振った。
可符香は、私が訊ねようとした言葉の意味を理解して、首を振った。ここに閉じ込められて、どれだけ経つのか。可符香もわからないようだった。
私はふらふらとしながら立ち上がった。改めて辺りを見回す。立ち上がると天井が低く、手を伸ばせば指先がつきそうだった。壁には一切の継ぎ目はなかった。空気を取り入れるための小さな穴がぽつぽつとあるだけだった。
出入り口は一つだけ。左手に、重そうな鉄扉が立ち塞がっていた。
私は、急にパニックになった。いきなり鉄扉に飛びつき、思い切り叩いた。
「出して! ここから出して!」
私はガンガンと鉄扉を叩いた。
「皆いるんでしょ! 返事して! 千里ちゃん! まといちゃん! あびるちゃん! 藤吉さん!」
しかし返ってきたのは、どこかに跳ね返って木霊のように残響音を残す自分の悲鳴だけだった。
私は力を失って、鉄扉にすがりついたまま膝をついた。体の奥が熱を持って、目に涙が溢れ出した。喉の奥から、嗚咽が漏れた。激しい後悔を感じていた。
「奈美ちゃん、落ち着きなよ。ここには、私と健太郎君しかいないんだよ」
可符香が穏やかな感じで私の背中に声をかけた。
私は涙を拭って、可符香から安らぎを得ようと振り返った。そうして、思わず鉄扉を背に飛び退いてしまった。
可符香が部屋の隅で膝を抱えていた。その膝の上に、小さな頭蓋骨を置いていた。
私はもう一度、床に敷き詰められている藁に目を向けた。たっぷり湿気を吸ってくたびれた藁に、人の骨が混じっていた。骨はばらばらになっていたけど、どれも小さなものだった。
考える必要はなかった。ここで誰かが死んだのだ。しかも、私たちより幼い子供だった。
私は呼吸が詰まるのを感じて、足元にあるすべてを蹴って遠ざけようとした。藁も人骨も、自分の足元から遠ざけようとした。
「何、何なの、可符香ちゃん」
私はさっきとは違う意味で、目から涙を落としていた。
「大丈夫だよ、奈美ちゃん。この子は健太郎君。私のお友達だから」
可符香は頭蓋骨を両掌に持って、にっこりと微笑んでみせた。
次回 P053 第5章 ドラコニアの屋敷11 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/10 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
9
男爵が角席に座り、首にナプキンをかけた。
「それはそうと、食べたらどうかね。うまい食事は話の潤滑油だ。君たちには私に言いたいことがあって来たのだろう。食事をしながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
男爵の声が、いくらか柔らかくなった。フォークで肉を突き刺し、一口食べる。
私は、改めて食事に目を向けた。赤い色のチキンスープにはバジルが浮かんでいる。サラダはレタスとセロリ、それからにんじんを大きめに切って煮込んだものだ。少し香り付けしているらしく、甘く匂うものがあった。肉はなんだろう。私はフォークで肉を転がした。豚でも牛でも鳥でもない。私の知らない、例えば羊あたりだろうか。
私たちは躊躇うように周りのみんながどうするか見ていた。藤吉が躊躇いもなくフォークで肉を刺し、口に移そうとしていた。
「食べちゃ駄目! ……絶対に食べちゃ駄目!」
あびるが叫ぶような声で警告した。
振り返ると、あびるが肉を凝視したまま震えていた。蝋燭の光でもわかるくらい、顔を青ざめさせていた。
藤吉が肉を口に入れようとした瞬間で止めた。思いなおしたように、肉を皿に戻した。
私もナイフとフォークを置いた。その代わりに、グラスの水を一口飲んだ。少し喉が渇いていた。他のみんなも、同じようにナイフとフォークをテーブルの上に置いていた。
「失礼な意見だが、それも客人の自由だ。好きにしたまえ。うむ、うまい」
男爵は軽く言って、肉を一口頬張った。
肉の芳ばしい香りが漂ってくる。駄目、と言われても肉料理は堪えきれないほどの食欲が促すものがあった。それに糸色家から食事を口にしていない。でも私は、そこはかとない違和感を感じて、食べるのを差し控えた。
しばらく男爵一人の食事が続いた。空腹で沈黙する私たちの耳に、食事を続ける男爵の咀嚼音が聞こえてきた。それがやはり空腹を刺激する。私はテーブルの食事から目を逸らして、自分の太ももを見下ろした。
あびるは、あれからずっと顔を青ざめさせてうつむいていた。千里とまといと藤吉は、目で相談するようにちらちらと互いを見ていた。私の左隣の可符香は、静かにうつむいていた。表情を見ると、どこが具合悪そうに見える。そういえば屋敷に入ってから一度も可符香の声を聞いていない。可符香もやはり恐いのだろうか。
男爵がナイフとフォークを置いて、口元をナプキンで拭った。グラスの水で、口の中の物を喉に流し込む。
「せっかく来たんだ。少し教養ある話をしよう。民俗学の話だ。ある民族では、本当の名前を隠す習慣がある。本当の名前が明らかにされると、森や大地に潜む悪霊に魂を奪われると考えているからだ。例えば、日本ではアイヌがこの習慣をかつて持っていた。アイヌは本来、家族同士でも親しい友人同士でも決して名前では呼び合わない。一般的には“小父さん”を意味する“アチャポ”や、“母”を意味する“ハポ”といった言葉を使う。唯一教えていいのは、生涯の伴侶と決めた相手だけと考えていた。なかなかロマンチックな話ではないか。生涯の伴侶にだけは、自身の最も重大な秘密を預けるわけだ。これは決して野蛮な土人に限った話ではない。我々の社会でも、名前こそがその人間の本質と考える場合がある。もしうっかり名前を奪われてしまったらどうかね? その人間の本質と実体、つまりアイデンティティを失ってしまうだろう。具体的に言えば、まったく別の人間が、君たちに摩り替わって生活できてしまう。ネット社会のほとんどが自衛を目的に匿名を使っている理由も、ここにある。おっと、日本では新聞も匿名だったな。現代においても、名前はその人間の本質であり、実体を封印する鍵というわけだ。だから忠告するのだが、決して、安易に本当の名前を明かしてはならない。名前を奪われると、その人間から魂が抜き取られ、操り人形のように意思を失ってしまうだろう」
男爵の話は長く長く、とりとめがないように続き、それに意味があるようには思えなかった。
男爵の話を聞いているうちに、私は何となく意識がクラクラするものを感じた。始めは気のせいだと思っていたが、やがて眩暈がするように視界が滲み始めた。校長先生の長い話を聞いているように、意識が暗いところに霞み始める。
「それと……何の関係が……。」
千里が擦れた声で言葉を綴った。
見ると、千里も頭をふらふらとさせていた。目蓋が重いらしく、必死で睡魔と戦っているみたいだった。他の女の子たちも、同じような感じだった。
私は改めて食事に目を向けた。甘く漂うに香りに気付いた。でも、気付くにはもう遅すぎだった。
「現代の合理社会は、なんでもかんでも無駄を遠ざけようとする傾向にある。だが、問題を解くヒントは常に無駄の中に用意されている。特に、難解と思える問題ほど、無駄が重大な価値を持つ。無駄にこそ、目を向けるべきだよ」
男爵は悠然と答えると、肉をもう一口、フォークで刺して口の中に放り込んだ。
「……何か、おか……しい」
まといが声を擦れさせていた。立ち上がろうとテーブルに両手をつくが、腰から下に力が入らないらしい。手がずるっとテーブルの上を滑って、チキンスープをひっくり返した。
「やれやれ。注意深い少女たちだ。肉料理に上等な睡眠薬を使ったというのに、無駄になってしまった。サラダに麻酔効果のある香水を振り掛けておいてよかったよ。水にも痺れ薬を入れておいた。念には念を入れるべきだ。なに、安心したまえ。命を落とすような薬品は使っていない。とはいえ、すっかり眠らせるには、直接手を下さねばならぬようだな」
男爵が襟からナプキンを取り払い、口元を拭って立ち上がった。その手許に、透明の瓶とハンカチがあった。男爵は歩きながら、瓶の液体をハンカチに湿らせた。
「やめ……て……。」
千里が男爵の気配を感じて、手を振り上げようとした。しかし、その手に力はなかった。男爵は右手で千里の腕を掴み、椅子に体を押し付け、しげしげとその体を観察した。
「まず君からだ。ふむ、いい体をしている。幼いが、そのぶん肌のきめが細かく美しい。まるで絹のような手触りだな。芸術作品として扱うと、見栄えがするタイプだな。楽しませてもらうぞ」
男爵は千里の体を品評すると、その口元にハンカチを押し当てた。千里が一瞬反抗するように身をよじらせた。だがすぐに目蓋が落ちて体から力を失った。千里の体が崩れかけるのを、男爵が支えて椅子に座らせた。
「次は君だ。常月まとい、だったね。ほう、なかなか活動的な性格だな。挑戦的な眼差しがよい。美しい顔立ちだ。肌も柔らかく、抱くともっちりと吸い付くタイプだ。味わいがありそうだな、これは」
男爵はまといの顎を掴み、じっくりその顔を覗き込んだ。それからまといの口にハンカチを押し当てる。まといは静かに意識を失って椅子に体を預けた。
男爵は、次にあびるの前に進んだ。
「これはなかなかだな。長身でスタイルがいい。手足が長いが、それを抜きにしても理想的なプロポーションだ。それに体の傷がいい。こいつは痛ぶりがいがありそうだ」
あびるは青ざめたまま、もう抵抗の意識もないようだった。男爵がハンカチを押し当てると、あびるはテーブルの上に顔を落とした。
途端に何かが落ちる音がした。振り向くと、藤吉が椅子から転げ落ちていた。逃げようと、絨毯の上をもどかしそうに這い回っていた。
「どこへ行くのかね。せっかちはいかん。ほほう、これは上物だ。発育もよく、充分な筋肉もついている。今時は痩せてさえいればいいなどと考える風潮があるが、あれはいかん。痩せてたるんだ体型ほど醜いものはない。この少女の体格と美しさなら、どんな芸術にも快楽にも応じるだろう。ただし、遊び好きは感心できないな。楽しみは、多くで共有するものだ」
男爵は藤吉の腕を掴み、自分の側に引き寄せると、その口にハンカチを押し当てた。晴美の体から力が失われ、絨毯の上に転がった。
次は私だった。男爵が私を振り向いて、にやりとした。
私は涙を滲ませて、首をゆるゆると振った。
「可符香……ちゃん……」
隣にいる可符香に助けを求めようと振り返った。でも可符香は、すでに眠りに落ちていた。
背後に、気配が立つのを感じた。振り向くと男爵が側にいて、その顔を肌がふれあうギリギリの距離まで近づけてきた。
「ふむ。……普通だな」
「普通……て、……いう…な……」
男爵がハンカチを私の口に押し当てた。意識が一気に遠ざかって、暗闇に吸い込まれるのを感じた。
次回 P052 第5章 ドラコニアの屋敷10 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P051 第5章 ドラコニアの屋敷
9
男爵が角席に座り、首にナプキンをかけた。
「それはそうと、食べたらどうかね。うまい食事は話の潤滑油だ。君たちには私に言いたいことがあって来たのだろう。食事をしながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
男爵の声が、いくらか柔らかくなった。フォークで肉を突き刺し、一口食べる。
私は、改めて食事に目を向けた。赤い色のチキンスープにはバジルが浮かんでいる。サラダはレタスとセロリ、それからにんじんを大きめに切って煮込んだものだ。少し香り付けしているらしく、甘く匂うものがあった。肉はなんだろう。私はフォークで肉を転がした。豚でも牛でも鳥でもない。私の知らない、例えば羊あたりだろうか。
私たちは躊躇うように周りのみんながどうするか見ていた。藤吉が躊躇いもなくフォークで肉を刺し、口に移そうとしていた。
「食べちゃ駄目! ……絶対に食べちゃ駄目!」
あびるが叫ぶような声で警告した。
振り返ると、あびるが肉を凝視したまま震えていた。蝋燭の光でもわかるくらい、顔を青ざめさせていた。
藤吉が肉を口に入れようとした瞬間で止めた。思いなおしたように、肉を皿に戻した。
私もナイフとフォークを置いた。その代わりに、グラスの水を一口飲んだ。少し喉が渇いていた。他のみんなも、同じようにナイフとフォークをテーブルの上に置いていた。
「失礼な意見だが、それも客人の自由だ。好きにしたまえ。うむ、うまい」
男爵は軽く言って、肉を一口頬張った。
肉の芳ばしい香りが漂ってくる。駄目、と言われても肉料理は堪えきれないほどの食欲が促すものがあった。それに糸色家から食事を口にしていない。でも私は、そこはかとない違和感を感じて、食べるのを差し控えた。
しばらく男爵一人の食事が続いた。空腹で沈黙する私たちの耳に、食事を続ける男爵の咀嚼音が聞こえてきた。それがやはり空腹を刺激する。私はテーブルの食事から目を逸らして、自分の太ももを見下ろした。
あびるは、あれからずっと顔を青ざめさせてうつむいていた。千里とまといと藤吉は、目で相談するようにちらちらと互いを見ていた。私の左隣の可符香は、静かにうつむいていた。表情を見ると、どこが具合悪そうに見える。そういえば屋敷に入ってから一度も可符香の声を聞いていない。可符香もやはり恐いのだろうか。
男爵がナイフとフォークを置いて、口元をナプキンで拭った。グラスの水で、口の中の物を喉に流し込む。
「せっかく来たんだ。少し教養ある話をしよう。民俗学の話だ。ある民族では、本当の名前を隠す習慣がある。本当の名前が明らかにされると、森や大地に潜む悪霊に魂を奪われると考えているからだ。例えば、日本ではアイヌがこの習慣をかつて持っていた。アイヌは本来、家族同士でも親しい友人同士でも決して名前では呼び合わない。一般的には“小父さん”を意味する“アチャポ”や、“母”を意味する“ハポ”といった言葉を使う。唯一教えていいのは、生涯の伴侶と決めた相手だけと考えていた。なかなかロマンチックな話ではないか。生涯の伴侶にだけは、自身の最も重大な秘密を預けるわけだ。これは決して野蛮な土人に限った話ではない。我々の社会でも、名前こそがその人間の本質と考える場合がある。もしうっかり名前を奪われてしまったらどうかね? その人間の本質と実体、つまりアイデンティティを失ってしまうだろう。具体的に言えば、まったく別の人間が、君たちに摩り替わって生活できてしまう。ネット社会のほとんどが自衛を目的に匿名を使っている理由も、ここにある。おっと、日本では新聞も匿名だったな。現代においても、名前はその人間の本質であり、実体を封印する鍵というわけだ。だから忠告するのだが、決して、安易に本当の名前を明かしてはならない。名前を奪われると、その人間から魂が抜き取られ、操り人形のように意思を失ってしまうだろう」
男爵の話は長く長く、とりとめがないように続き、それに意味があるようには思えなかった。
男爵の話を聞いているうちに、私は何となく意識がクラクラするものを感じた。始めは気のせいだと思っていたが、やがて眩暈がするように視界が滲み始めた。校長先生の長い話を聞いているように、意識が暗いところに霞み始める。
「それと……何の関係が……。」
千里が擦れた声で言葉を綴った。
見ると、千里も頭をふらふらとさせていた。目蓋が重いらしく、必死で睡魔と戦っているみたいだった。他の女の子たちも、同じような感じだった。
私は改めて食事に目を向けた。甘く漂うに香りに気付いた。でも、気付くにはもう遅すぎだった。
「現代の合理社会は、なんでもかんでも無駄を遠ざけようとする傾向にある。だが、問題を解くヒントは常に無駄の中に用意されている。特に、難解と思える問題ほど、無駄が重大な価値を持つ。無駄にこそ、目を向けるべきだよ」
男爵は悠然と答えると、肉をもう一口、フォークで刺して口の中に放り込んだ。
「……何か、おか……しい」
まといが声を擦れさせていた。立ち上がろうとテーブルに両手をつくが、腰から下に力が入らないらしい。手がずるっとテーブルの上を滑って、チキンスープをひっくり返した。
「やれやれ。注意深い少女たちだ。肉料理に上等な睡眠薬を使ったというのに、無駄になってしまった。サラダに麻酔効果のある香水を振り掛けておいてよかったよ。水にも痺れ薬を入れておいた。念には念を入れるべきだ。なに、安心したまえ。命を落とすような薬品は使っていない。とはいえ、すっかり眠らせるには、直接手を下さねばならぬようだな」
男爵が襟からナプキンを取り払い、口元を拭って立ち上がった。その手許に、透明の瓶とハンカチがあった。男爵は歩きながら、瓶の液体をハンカチに湿らせた。
「やめ……て……。」
千里が男爵の気配を感じて、手を振り上げようとした。しかし、その手に力はなかった。男爵は右手で千里の腕を掴み、椅子に体を押し付け、しげしげとその体を観察した。
「まず君からだ。ふむ、いい体をしている。幼いが、そのぶん肌のきめが細かく美しい。まるで絹のような手触りだな。芸術作品として扱うと、見栄えがするタイプだな。楽しませてもらうぞ」
男爵は千里の体を品評すると、その口元にハンカチを押し当てた。千里が一瞬反抗するように身をよじらせた。だがすぐに目蓋が落ちて体から力を失った。千里の体が崩れかけるのを、男爵が支えて椅子に座らせた。
「次は君だ。常月まとい、だったね。ほう、なかなか活動的な性格だな。挑戦的な眼差しがよい。美しい顔立ちだ。肌も柔らかく、抱くともっちりと吸い付くタイプだ。味わいがありそうだな、これは」
男爵はまといの顎を掴み、じっくりその顔を覗き込んだ。それからまといの口にハンカチを押し当てる。まといは静かに意識を失って椅子に体を預けた。
男爵は、次にあびるの前に進んだ。
「これはなかなかだな。長身でスタイルがいい。手足が長いが、それを抜きにしても理想的なプロポーションだ。それに体の傷がいい。こいつは痛ぶりがいがありそうだ」
あびるは青ざめたまま、もう抵抗の意識もないようだった。男爵がハンカチを押し当てると、あびるはテーブルの上に顔を落とした。
途端に何かが落ちる音がした。振り向くと、藤吉が椅子から転げ落ちていた。逃げようと、絨毯の上をもどかしそうに這い回っていた。
「どこへ行くのかね。せっかちはいかん。ほほう、これは上物だ。発育もよく、充分な筋肉もついている。今時は痩せてさえいればいいなどと考える風潮があるが、あれはいかん。痩せてたるんだ体型ほど醜いものはない。この少女の体格と美しさなら、どんな芸術にも快楽にも応じるだろう。ただし、遊び好きは感心できないな。楽しみは、多くで共有するものだ」
男爵は藤吉の腕を掴み、自分の側に引き寄せると、その口にハンカチを押し当てた。晴美の体から力が失われ、絨毯の上に転がった。
次は私だった。男爵が私を振り向いて、にやりとした。
私は涙を滲ませて、首をゆるゆると振った。
「可符香……ちゃん……」
隣にいる可符香に助けを求めようと振り返った。でも可符香は、すでに眠りに落ちていた。
背後に、気配が立つのを感じた。振り向くと男爵が側にいて、その顔を肌がふれあうギリギリの距離まで近づけてきた。
「ふむ。……普通だな」
「普通……て、……いう…な……」
男爵がハンカチを私の口に押し当てた。意識が一気に遠ざかって、暗闇に吸い込まれるのを感じた。
次回 P052 第5章 ドラコニアの屋敷10 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/10 (Thu)
映画:日本映画■
真夜中にも関わらず、その街は煌びやかな光に満ちている。どんな通りも、影のない場所はない。
ここでは、夜になると人が目を覚ます。
犯罪も夜になると起きる。
不夜城、新宿。
桐生一馬。十年ぶりにムショから新宿に戻った。桐生の帰還を切っ掛けに、様々な事件が起きる。
『竜が如く』は様々な物語が断片的に重なり合う群像劇だ。小さな事件がやがて大きな事件へと繋がっていく。
覆面姿の二人組が、銀行を襲った。
しかし、銀行の金庫には、なぜかわずかな小銭しか残っていなかった。
誰かが、百億円の金を引き出し、現金輸送車が出た後だった。だから、ここにはお金がなかった。
覆面姿の二人は金が手に入らず、しかも警察に取り囲まれて、途方に暮れる。
覆面姿の銀行強盗、今西と中西。それを取り囲む刑事。しかし銀行には金はまったくなく、しかもクーラーが切れてしまう。どちらの視点に置いても、絶体絶命の状態。
一方、コンビニ店員の悟は、仕事を終え彼女の唯と合流。
一緒にディスカウント・ショップに入った。そこで、突然のヤクザの乱闘に巻き込まれてしまう。
悟と唯は、とっさにレジカウンターの裏側に隠れる。
そこで、唯は開けたままのレジに気付く。
「お金って、結構簡単に入るじゃん。強盗しよう!」
ある店で突然、暴動が始まる。巻き添えを食らった唯は、レジ・カウンターの後ろに避難する。そこで、開けたままのレジに気付き……。今時ギャルの唯は、これを切っ掛けに店を襲って金を得る方法を思いつく。
また別の場所。バッティング・センターで真島吾郎がボールを打っていた。
真島は子弟から、桐生一馬が十年ぶりにムショを出たと聞かされる。
桐生は、真島の宿敵だ。
その報告を聞いた真島は、桐生を探しに新宿の町に繰り出す。
強烈なキャラクターで描かれる真島。眼帯・関西弁・バット・無敵。主人公よりはるかに強いインパクト。ある意味、真島が映画の色調を決定したといっていい。ヒット映画なら、スピン・オフがありえたかもしれない。
そして桐生は、謎の少女、澤村遥と一緒だった。
桐生は、遥の母親を探すために、新宿を彷徨っていた。
澤村遥とその犬。桐生一馬が関わることとなり、物語の核である少女。ところで、犬は野良犬の設定。なのに丸々と太っているのはさすが新宿。
映画は、様々な場面から同時多発的に始まり、進行する。
それぞれがどんな意味と役割を持っているのか、まるでわからない。
ただ状況だけが過剰に迫り、強引に進行し、それぞれの登場人物が事件に巻き込まれていく。
新宿は日本国内でありながら、物語の中で極めて特殊な表現で描かれることの多い場所だ。日本でありながら、日本ではない、どこかハードボイルド的な世界を想像させる場所らしい。
登場人物たちは、どれも強烈だ。皆、それぞれに特徴を備えている。
そうした登場人物の中では、主人公の桐生一馬はあまりにもステレオタイプに見えて、むしろ埋没していくように見える。
出番も少なく、前半30分のあいだにほんの数回、顔を見せるだけ。台詞は、ごく一言二言だけだ。
いったい、何が起きようとしているのか。
すべての状況は、間もなく桐生と遥を中心に移し、結集していく。
写真だけ見ると、往年のヤクザ映画の雰囲気がある。だが、実際はそれとは別物。なにもかもぶっ飛ばすような奇妙な映画だ。ゲーム中の必殺技を再現しているシーンもある。どこかミスマッチな映画だが、はまり込んでみると面白い。
舞台は新宿で、ヤクザものの映画だ。
だが、妙にコミック的で、ユーモアのある映画だ。
暴力シーンでも、一見、往年のヤクザ映画の迫力だが、どちらかといえば役者の鮮やかな動きを捉え、モーションの一つ一つを描き出そうとしている。暴力というより、ダンスのようだ。
それに、奇妙なエフェクトがしばしば登場し、ナンセンスなユーモアが加わる。
『龍が如く 劇場版』は様々な事件が起こるが、合理的な繋がり方をしない。
奇妙な描写に意識を捉われ、我々は何かひとつずつ掛け違えたような、嫌なもどかしさを感じる。
しかし、強引な展開が次々と迫り、強烈なシークエンスが画面を覆い、そのうちにも「もう、どうでもいいや」と思うようになってくる。
「面白い!」と思うようになった頃には、すでに三池監督の演出の手の内だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:三池崇史 原作:名越稔洋
音楽:遠藤浩二 脚本:十川誠志
出演:北村一輝 岸谷五朗 塩谷瞬 高岡早紀
〇〇〇サエコ 夏緒 加藤晴彦 哀川翔
〇〇〇田口トモロヲ コン・ユ 荒川良々
ここでは、夜になると人が目を覚ます。
犯罪も夜になると起きる。
不夜城、新宿。
桐生一馬。十年ぶりにムショから新宿に戻った。桐生の帰還を切っ掛けに、様々な事件が起きる。
『竜が如く』は様々な物語が断片的に重なり合う群像劇だ。小さな事件がやがて大きな事件へと繋がっていく。
覆面姿の二人組が、銀行を襲った。
しかし、銀行の金庫には、なぜかわずかな小銭しか残っていなかった。
誰かが、百億円の金を引き出し、現金輸送車が出た後だった。だから、ここにはお金がなかった。
覆面姿の二人は金が手に入らず、しかも警察に取り囲まれて、途方に暮れる。
覆面姿の銀行強盗、今西と中西。それを取り囲む刑事。しかし銀行には金はまったくなく、しかもクーラーが切れてしまう。どちらの視点に置いても、絶体絶命の状態。
一方、コンビニ店員の悟は、仕事を終え彼女の唯と合流。
一緒にディスカウント・ショップに入った。そこで、突然のヤクザの乱闘に巻き込まれてしまう。
悟と唯は、とっさにレジカウンターの裏側に隠れる。
そこで、唯は開けたままのレジに気付く。
「お金って、結構簡単に入るじゃん。強盗しよう!」
ある店で突然、暴動が始まる。巻き添えを食らった唯は、レジ・カウンターの後ろに避難する。そこで、開けたままのレジに気付き……。今時ギャルの唯は、これを切っ掛けに店を襲って金を得る方法を思いつく。
また別の場所。バッティング・センターで真島吾郎がボールを打っていた。
真島は子弟から、桐生一馬が十年ぶりにムショを出たと聞かされる。
桐生は、真島の宿敵だ。
その報告を聞いた真島は、桐生を探しに新宿の町に繰り出す。
強烈なキャラクターで描かれる真島。眼帯・関西弁・バット・無敵。主人公よりはるかに強いインパクト。ある意味、真島が映画の色調を決定したといっていい。ヒット映画なら、スピン・オフがありえたかもしれない。
そして桐生は、謎の少女、澤村遥と一緒だった。
桐生は、遥の母親を探すために、新宿を彷徨っていた。
澤村遥とその犬。桐生一馬が関わることとなり、物語の核である少女。ところで、犬は野良犬の設定。なのに丸々と太っているのはさすが新宿。
映画は、様々な場面から同時多発的に始まり、進行する。
それぞれがどんな意味と役割を持っているのか、まるでわからない。
ただ状況だけが過剰に迫り、強引に進行し、それぞれの登場人物が事件に巻き込まれていく。
新宿は日本国内でありながら、物語の中で極めて特殊な表現で描かれることの多い場所だ。日本でありながら、日本ではない、どこかハードボイルド的な世界を想像させる場所らしい。
登場人物たちは、どれも強烈だ。皆、それぞれに特徴を備えている。
そうした登場人物の中では、主人公の桐生一馬はあまりにもステレオタイプに見えて、むしろ埋没していくように見える。
出番も少なく、前半30分のあいだにほんの数回、顔を見せるだけ。台詞は、ごく一言二言だけだ。
いったい、何が起きようとしているのか。
すべての状況は、間もなく桐生と遥を中心に移し、結集していく。
写真だけ見ると、往年のヤクザ映画の雰囲気がある。だが、実際はそれとは別物。なにもかもぶっ飛ばすような奇妙な映画だ。ゲーム中の必殺技を再現しているシーンもある。どこかミスマッチな映画だが、はまり込んでみると面白い。
舞台は新宿で、ヤクザものの映画だ。
だが、妙にコミック的で、ユーモアのある映画だ。
暴力シーンでも、一見、往年のヤクザ映画の迫力だが、どちらかといえば役者の鮮やかな動きを捉え、モーションの一つ一つを描き出そうとしている。暴力というより、ダンスのようだ。
それに、奇妙なエフェクトがしばしば登場し、ナンセンスなユーモアが加わる。
『龍が如く 劇場版』は様々な事件が起こるが、合理的な繋がり方をしない。
奇妙な描写に意識を捉われ、我々は何かひとつずつ掛け違えたような、嫌なもどかしさを感じる。
しかし、強引な展開が次々と迫り、強烈なシークエンスが画面を覆い、そのうちにも「もう、どうでもいいや」と思うようになってくる。
「面白い!」と思うようになった頃には、すでに三池監督の演出の手の内だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:三池崇史 原作:名越稔洋
音楽:遠藤浩二 脚本:十川誠志
出演:北村一輝 岸谷五朗 塩谷瞬 高岡早紀
〇〇〇サエコ 夏緒 加藤晴彦 哀川翔
〇〇〇田口トモロヲ コン・ユ 荒川良々
■2009/09/10 (Thu)
映画:日本映画■
その日、太平洋上の連合艦隊に、新しい司令長官が赴任する。
山本五十六、その人だ。
物語は山本五十六の就任から始まる。
緊迫した時代だった。
戦争の影が去ることはなく、ドイツがヨーロッパへの進撃を続け、日本とアメリカの両国はかつてない緊張状態にあった。
日本の軍令部は、アメリカは軍隊を進めてこないと見て、南方資源地帯確保を狙っていた。
だがアメリカは、ハワイに基地を置き、太平洋艦隊を集結させていた。
「もし、アメリカとの戦闘になったら、奇襲攻撃しかない」
日本とアメリカの緊張は、間もなく開戦の可能性を予感させるようになった。
山本五十六は、アメリカの戦力を冷静に把握していた。
日本軍は来たるべき開戦に備えて情報を集め、訓練を繰り返し、着々と準備を進めていった。
緊張感のない米兵士。高性能レーダーを設置するも「で、何を探すんです」と素人丸出しの軍人たち。右は情報の報告対象から大統領を外している場面。大統領への情報が行き届かなくなった原因だ。ところでご存知のように当初、黒澤明が監督する予定だった。しかし間もなく降板。様々な人が見解や憶測を述べているが、真相は“藪の中”だ。
一方のアメリカには、開戦の予兆はなかった。
軍人たちに緊張感はなく、戦闘訓練もほとんど成果を上げていなかった。
海軍省、海軍情報部だけは日本大使館の情報を傍受し、状況の深刻さを認識していた。
しかし、報告したはずの情報はことごとく大統領の元に届かず、ワシントン隠蔽体質から、必要な情報が現場に報告されなかった。
特にジョージ・マーシャル陸軍参謀長は、“戦争を避けえない場合、アメリカは日本からの第1撃を望む”といった奇妙な伝達を出し、さらに日本からの宣戦布告を1時間も隠蔽して、あたかも日本が一方的な奇襲を仕掛けたように見せかけた。
鑑賞前は勝手ながら『パールハーバー』的な映画だろうと思い込んでいた。ハリウッド資本の映画だから、白人優位主義的な作品だろう、と。だが『トラ!トラ!トラ!』はまったく違う映画だった。『トラ!トラ!トラ!』に登場する日本人はどれも聡明で顔立ちがよく、真面目で勤勉な性格に描かれている。特に驚いたのは、会議のシーンが時代劇風だったこと。じっさい当時の軍人は、まだ武士社会の性格を強く残していた。戦闘のプロである以前に、高潔で詩を好む性格だった。『トラ!トラ!トラ!』はその通りに描かれているのが驚いた。
いよいよ真珠湾攻撃が始まろうとしてる。
映画は様々な視点から、開戦に至るまでのやりとりを多層的に描いていく。
真珠湾攻撃に至るまでの数日間、何が起きたのか。
『トラ!トラ!トラ!』では、いわゆるハリウッド的なエンターティメント性は控えめだ。
クライマックスシーンまでに具体的なアクションは一切ない。
開戦が始まるまでの経緯を、歴史映画として過程を追っていく。
ジョージ・マーシャルの「アメリカは日本からの第1撃を望む」という謎の指示が下され、現場は動揺する。宣戦布告の報告が大統領に届かなかったり、真珠湾の警備を意図的に緩くしたり、不可解な命令が次々と下される。そういうアメリカ側の描写も興味深かった。アメリカ式戦争映画にありがちな、勧善懲悪、戦意高揚、愛国者育成映画とは明らかに異なった、ちゃんと実地調査に基づいて製作された映画だ。個人的な話だが、私は子供時代から「日本軍がいかに悪いか」を教育する映画ばかり見せられていたから、この映画はある意味で衝撃的だった。
歴史考証や、時代考証といった部分に見るべきものがある。
日本は一方的に戦争を求めたわけではないし、現場の軍人は愚かではない。
日本で製作される戦争ドラマのほとんどが、戦争末期の特攻隊とその悲劇だけに限定されて描かれるのを見ると、この映画は新鮮な視点を提供してくれる。
アメリカ側が、秘密主義が徹底されすぎて、情報交流ができず状況を見誤った事実も描かれている
どちらかといえば、日本側に好意的に描かれているようにすら見える。
物語の展開は緩慢で、いかにもエンターティメントしているというアクションはほとんどない。全体として静かで淡々とした構成で、ラストの真珠湾攻撃のシーンに入って一転して激しいアクションシーンに突入する。1/1スケールの戦闘機が木っ端微塵に破壊される。この迫力はデジタルでは出せない(ただし、動かないのだが)
驚いたのは、日本側の描き方だ。
日本の軍人は、みんな能力が高く、勤勉で、努力を決して怠らない。
それに軍司令部同士の対話は、まるで戦国時代を題材にした作品のように描かれている。
実際、この当時の軍人は“武士道”の精神を残した、最後の人達だった。
激しい戦闘の最中、今まさに軍艦が沈み行こうというときでも、心静かに詩を読んだと伝えられる。
『トラ!トラ!トラ!』は、ただ「戦争反対」としか言わない最近の戦争ドラマや、痛快なデジタルアクション満載のハリウッド映画などより、はるかに戦争の事実に直面し、真摯に描いて見せた映画である。
今においても貴重な作品と呼ぶべきだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:リチャード・フライシャー 舛田利雄 深作欣二
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
脚本:ラリー・フォレスター 菊島隆三 小国英雄 黒澤明
出演:山村聡 三橋達也 東野英治朗 田村高廣
〇〇〇千田是也 内田朝雄 安部徹 島田正吾
〇〇〇マーティン・バルサム ジェイソン・ロバーズ
〇〇〇ジョセフ・コットン ジェームズ・ホイットモア
山本五十六、その人だ。
物語は山本五十六の就任から始まる。
緊迫した時代だった。
戦争の影が去ることはなく、ドイツがヨーロッパへの進撃を続け、日本とアメリカの両国はかつてない緊張状態にあった。
日本の軍令部は、アメリカは軍隊を進めてこないと見て、南方資源地帯確保を狙っていた。
だがアメリカは、ハワイに基地を置き、太平洋艦隊を集結させていた。
「もし、アメリカとの戦闘になったら、奇襲攻撃しかない」
日本とアメリカの緊張は、間もなく開戦の可能性を予感させるようになった。
山本五十六は、アメリカの戦力を冷静に把握していた。
日本軍は来たるべき開戦に備えて情報を集め、訓練を繰り返し、着々と準備を進めていった。
緊張感のない米兵士。高性能レーダーを設置するも「で、何を探すんです」と素人丸出しの軍人たち。右は情報の報告対象から大統領を外している場面。大統領への情報が行き届かなくなった原因だ。ところでご存知のように当初、黒澤明が監督する予定だった。しかし間もなく降板。様々な人が見解や憶測を述べているが、真相は“藪の中”だ。
一方のアメリカには、開戦の予兆はなかった。
軍人たちに緊張感はなく、戦闘訓練もほとんど成果を上げていなかった。
海軍省、海軍情報部だけは日本大使館の情報を傍受し、状況の深刻さを認識していた。
しかし、報告したはずの情報はことごとく大統領の元に届かず、ワシントン隠蔽体質から、必要な情報が現場に報告されなかった。
特にジョージ・マーシャル陸軍参謀長は、“戦争を避けえない場合、アメリカは日本からの第1撃を望む”といった奇妙な伝達を出し、さらに日本からの宣戦布告を1時間も隠蔽して、あたかも日本が一方的な奇襲を仕掛けたように見せかけた。
鑑賞前は勝手ながら『パールハーバー』的な映画だろうと思い込んでいた。ハリウッド資本の映画だから、白人優位主義的な作品だろう、と。だが『トラ!トラ!トラ!』はまったく違う映画だった。『トラ!トラ!トラ!』に登場する日本人はどれも聡明で顔立ちがよく、真面目で勤勉な性格に描かれている。特に驚いたのは、会議のシーンが時代劇風だったこと。じっさい当時の軍人は、まだ武士社会の性格を強く残していた。戦闘のプロである以前に、高潔で詩を好む性格だった。『トラ!トラ!トラ!』はその通りに描かれているのが驚いた。
いよいよ真珠湾攻撃が始まろうとしてる。
映画は様々な視点から、開戦に至るまでのやりとりを多層的に描いていく。
真珠湾攻撃に至るまでの数日間、何が起きたのか。
『トラ!トラ!トラ!』では、いわゆるハリウッド的なエンターティメント性は控えめだ。
クライマックスシーンまでに具体的なアクションは一切ない。
開戦が始まるまでの経緯を、歴史映画として過程を追っていく。
ジョージ・マーシャルの「アメリカは日本からの第1撃を望む」という謎の指示が下され、現場は動揺する。宣戦布告の報告が大統領に届かなかったり、真珠湾の警備を意図的に緩くしたり、不可解な命令が次々と下される。そういうアメリカ側の描写も興味深かった。アメリカ式戦争映画にありがちな、勧善懲悪、戦意高揚、愛国者育成映画とは明らかに異なった、ちゃんと実地調査に基づいて製作された映画だ。個人的な話だが、私は子供時代から「日本軍がいかに悪いか」を教育する映画ばかり見せられていたから、この映画はある意味で衝撃的だった。
歴史考証や、時代考証といった部分に見るべきものがある。
日本は一方的に戦争を求めたわけではないし、現場の軍人は愚かではない。
日本で製作される戦争ドラマのほとんどが、戦争末期の特攻隊とその悲劇だけに限定されて描かれるのを見ると、この映画は新鮮な視点を提供してくれる。
アメリカ側が、秘密主義が徹底されすぎて、情報交流ができず状況を見誤った事実も描かれている
どちらかといえば、日本側に好意的に描かれているようにすら見える。
物語の展開は緩慢で、いかにもエンターティメントしているというアクションはほとんどない。全体として静かで淡々とした構成で、ラストの真珠湾攻撃のシーンに入って一転して激しいアクションシーンに突入する。1/1スケールの戦闘機が木っ端微塵に破壊される。この迫力はデジタルでは出せない(ただし、動かないのだが)
驚いたのは、日本側の描き方だ。
日本の軍人は、みんな能力が高く、勤勉で、努力を決して怠らない。
それに軍司令部同士の対話は、まるで戦国時代を題材にした作品のように描かれている。
実際、この当時の軍人は“武士道”の精神を残した、最後の人達だった。
激しい戦闘の最中、今まさに軍艦が沈み行こうというときでも、心静かに詩を読んだと伝えられる。
『トラ!トラ!トラ!』は、ただ「戦争反対」としか言わない最近の戦争ドラマや、痛快なデジタルアクション満載のハリウッド映画などより、はるかに戦争の事実に直面し、真摯に描いて見せた映画である。
今においても貴重な作品と呼ぶべきだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:リチャード・フライシャー 舛田利雄 深作欣二
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
脚本:ラリー・フォレスター 菊島隆三 小国英雄 黒澤明
出演:山村聡 三橋達也 東野英治朗 田村高廣
〇〇〇千田是也 内田朝雄 安部徹 島田正吾
〇〇〇マーティン・バルサム ジェイソン・ロバーズ
〇〇〇ジョセフ・コットン ジェームズ・ホイットモア