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■2009/09/23 (Wed)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
4
話がそこで、一段落ついた感じがした。夜の虫の囁く声がひっそりと私たちの沈黙を埋めた。時刻はそろそろ夜の10時を回ろうとしている。いつもだったら、夕食もお風呂も済ませて、さて寝ようか、と考える時間だ。
男爵の目論見が明らかになった。どうやって糸色先生を殺すつもりなのかも。そうすると、私は次の疑問に行き当たる気がした。
「ところで、疑問だったんですけど、男爵はどうやって刑務所から出て来たんですか? 子供を50人も殺したなんて、それじゃどう考えても無期懲役か死刑でしょう? そんな人が仮釈放されるなんて、ありえるんですか?」
私は少し首をかしげるふうにして糸色先生に尋ねた。
みんな糸色先生に注目していた。誰もが同じ疑問を持っていたのだ。でも糸色先生は答えが見付からないというふうにうつむいた。
すると、命先生がちょっと手を上げてみんなの注目を集めた。
「思うんだが、いいか? 望、お前あの事件で警察関係や司法関係から相当、恨まれているはずだぞ。だから僕の考えだが、男爵はお前に恨みを持つ人間の代表なんじゃないかって。本当は刑務所を出ようと思ったら、いつでも出られたんだよ。でも出てこなかったのは、事件が世間で風化するのを待っていたんだ。男爵も世間には勝てないだろうし、利口な奴は計画に気付くかもしれない。だから10年経った今、男爵は刑務所から出てきて計画をスタートさせたんだ」
命先生は糸色先生を振り向いて、警告する調子で話した。
「私、なにやら危険な蜂の巣を叩いてしまったんですか?」
糸色先生がはっきりとわかるくらい顔を青ざめさせた。
「それじゃ、先生。男爵を警察に逮捕させることは不可能なのですか?」
千里が二人の先生を交互に見ながら訪ねた。
「なくはありません。例えば男爵を渋谷の界隈に連れ出し、白昼の下、殺人を犯させるのです。そういう誰にも言い逃れができず、世間の制裁からも逃げられない立場に追い込まないかぎり、警察は絶対に動きませんし、男爵は逮捕されません」
「そんなの、不可能です!」
糸色先生の説明に、千里が否定的な声をあげた。
「ええ、不可能です。男爵は権力を味方につけていますから。だから10年前、私は窮地に立たされてしまったのです。あの時は、父が国会で暴露してくれたおかげで助かったんです。私が収集した情報は、証拠として充分な威力を持っていましたし。だから申し訳ありませんが、あなたがたへの監禁と暴行について、私は告発できないんです。もし、今の段階で男爵を告発しようとしたら、逮捕されるのはただ一人、日塔さん、あなたです」
糸色先生がみんなに頭を下げ、それから私に目を向けた。
「なんで私なんですか?」
私はぞっとするものを感じながら、尋ね返した。
「日塔さん、あなた、男爵を刺したでしょう」
糸色先生の言葉が、私には宣告に聞こえた。私は急に体の奥に冷たいものを感じて、視線を落とした。膝が苛立ったように震えていた。
すると、右隣に座っていた千里が、膝の上に置かれていた私の手を握った。顔を上げると、千里の気遣わしげな顔があった。私は少し安らぐ気がして「大丈夫だから」と頷いて返した。
「じゃあ、みんなでいきなり男爵に襲い掛かって、袋叩きにするってどうですか?」
藤吉が身を乗り出して、強い調子で私たち一同を見回した。
「駄目ですね。男爵は油断ならない男ですし、不用意に近付かないほうが身のためです。男爵は考えられるあらゆる罠を常に用意しています。10歩以内の半径に近付くべきではありません。日塔さんなら、おわかりでしょ」
糸色先生は全員に忠告して、確認するように私を振り向いた。私は大きく三度頷いた。
あれは忘れもしない。男爵に近付いた途端、突然全身にロープが絡みつき、自由を奪われてしまった。あの恐怖は忘れようがない。
「でも、まだ疑問があります。男爵は先生を殺したいんでしょ? だったら人を雇って糸色先生を拉致して、どこかでこっそり殺せばいいじゃないですか。」
千里は納得いかない顔で疑問を口にした。物騒だったけど、確かに正論だった。
「男爵は言いました。これは復讐ではない。挑戦だ、と。男爵は簡単に私を殺すつもりはないんでしょう。男爵は自分で決めたやり方とルールで私を殺したいんです。だから男爵は人を雇わず、あの屋敷に一人でいるように見せかけているのです。その一方で男爵は自分が設定したルールには頑なに守ろうとするでしょう。そういう男です。こちらがルール違反、例えば警察に通報などをすると、男爵は日塔さんによる傷害というカードを切るでしょう。飽くまでも、これはゲームですから。男爵は私を殺す過程を楽しむつもりですよ。でも、ゲームだからこそ、こちらにも反撃の余地はあると思うのです。どんなに難易度が高くても、クリア不能のゲームは存在しませんから」
糸色先生の言葉は宣言するようだった。まるで、男爵が乗り移って、ゲームのルールを説明しているように思えた。
次回 P064 第6章 異端の少女5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P063 第6章 異端の少女
4
話がそこで、一段落ついた感じがした。夜の虫の囁く声がひっそりと私たちの沈黙を埋めた。時刻はそろそろ夜の10時を回ろうとしている。いつもだったら、夕食もお風呂も済ませて、さて寝ようか、と考える時間だ。
男爵の目論見が明らかになった。どうやって糸色先生を殺すつもりなのかも。そうすると、私は次の疑問に行き当たる気がした。
「ところで、疑問だったんですけど、男爵はどうやって刑務所から出て来たんですか? 子供を50人も殺したなんて、それじゃどう考えても無期懲役か死刑でしょう? そんな人が仮釈放されるなんて、ありえるんですか?」
私は少し首をかしげるふうにして糸色先生に尋ねた。
みんな糸色先生に注目していた。誰もが同じ疑問を持っていたのだ。でも糸色先生は答えが見付からないというふうにうつむいた。
すると、命先生がちょっと手を上げてみんなの注目を集めた。
「思うんだが、いいか? 望、お前あの事件で警察関係や司法関係から相当、恨まれているはずだぞ。だから僕の考えだが、男爵はお前に恨みを持つ人間の代表なんじゃないかって。本当は刑務所を出ようと思ったら、いつでも出られたんだよ。でも出てこなかったのは、事件が世間で風化するのを待っていたんだ。男爵も世間には勝てないだろうし、利口な奴は計画に気付くかもしれない。だから10年経った今、男爵は刑務所から出てきて計画をスタートさせたんだ」
命先生は糸色先生を振り向いて、警告する調子で話した。
「私、なにやら危険な蜂の巣を叩いてしまったんですか?」
糸色先生がはっきりとわかるくらい顔を青ざめさせた。
「それじゃ、先生。男爵を警察に逮捕させることは不可能なのですか?」
千里が二人の先生を交互に見ながら訪ねた。
「なくはありません。例えば男爵を渋谷の界隈に連れ出し、白昼の下、殺人を犯させるのです。そういう誰にも言い逃れができず、世間の制裁からも逃げられない立場に追い込まないかぎり、警察は絶対に動きませんし、男爵は逮捕されません」
「そんなの、不可能です!」
糸色先生の説明に、千里が否定的な声をあげた。
「ええ、不可能です。男爵は権力を味方につけていますから。だから10年前、私は窮地に立たされてしまったのです。あの時は、父が国会で暴露してくれたおかげで助かったんです。私が収集した情報は、証拠として充分な威力を持っていましたし。だから申し訳ありませんが、あなたがたへの監禁と暴行について、私は告発できないんです。もし、今の段階で男爵を告発しようとしたら、逮捕されるのはただ一人、日塔さん、あなたです」
糸色先生がみんなに頭を下げ、それから私に目を向けた。
「なんで私なんですか?」
私はぞっとするものを感じながら、尋ね返した。
「日塔さん、あなた、男爵を刺したでしょう」
糸色先生の言葉が、私には宣告に聞こえた。私は急に体の奥に冷たいものを感じて、視線を落とした。膝が苛立ったように震えていた。
すると、右隣に座っていた千里が、膝の上に置かれていた私の手を握った。顔を上げると、千里の気遣わしげな顔があった。私は少し安らぐ気がして「大丈夫だから」と頷いて返した。
「じゃあ、みんなでいきなり男爵に襲い掛かって、袋叩きにするってどうですか?」
藤吉が身を乗り出して、強い調子で私たち一同を見回した。
「駄目ですね。男爵は油断ならない男ですし、不用意に近付かないほうが身のためです。男爵は考えられるあらゆる罠を常に用意しています。10歩以内の半径に近付くべきではありません。日塔さんなら、おわかりでしょ」
糸色先生は全員に忠告して、確認するように私を振り向いた。私は大きく三度頷いた。
あれは忘れもしない。男爵に近付いた途端、突然全身にロープが絡みつき、自由を奪われてしまった。あの恐怖は忘れようがない。
「でも、まだ疑問があります。男爵は先生を殺したいんでしょ? だったら人を雇って糸色先生を拉致して、どこかでこっそり殺せばいいじゃないですか。」
千里は納得いかない顔で疑問を口にした。物騒だったけど、確かに正論だった。
「男爵は言いました。これは復讐ではない。挑戦だ、と。男爵は簡単に私を殺すつもりはないんでしょう。男爵は自分で決めたやり方とルールで私を殺したいんです。だから男爵は人を雇わず、あの屋敷に一人でいるように見せかけているのです。その一方で男爵は自分が設定したルールには頑なに守ろうとするでしょう。そういう男です。こちらがルール違反、例えば警察に通報などをすると、男爵は日塔さんによる傷害というカードを切るでしょう。飽くまでも、これはゲームですから。男爵は私を殺す過程を楽しむつもりですよ。でも、ゲームだからこそ、こちらにも反撃の余地はあると思うのです。どんなに難易度が高くても、クリア不能のゲームは存在しませんから」
糸色先生の言葉は宣言するようだった。まるで、男爵が乗り移って、ゲームのルールを説明しているように思えた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/09/22 (Tue)
映画:外国映画■
ジェリーがおずおずとレストランの中へ入っていく。すでにあの二人は奥のテーブルで待っていた。二人の男はカールとゲアだ。
身代金の額は8万ドル。そのうちの4万ドルをカールとゲアに引き渡す約束だった。
ジェリーは金に困っていた。
ジェリーは裕福な義父を説得して資金を得ようとしたが、義父はなかなか納得してくれない。それでジェリーは狂言誘拐を思いついたのだ。
ところが、数日後、急に義父は心変わりをして、資金を出してもいいと言い始める。
お金の心配がなくなった。狂言誘拐は中止だ。
ジェリーは、カールとゲアに連絡を取ろうとするが、何度電話しても通じなかった。
だが、ジェリーの計画はボロボロに崩壊していく。
ジェリーは事業を起こすにしても犯罪を犯すにしても、あまりにも平凡で、世間知らずで、非力な存在だった。
狂言誘拐の計画は思いがけない方向へ進み、悪夢のような殺戮の連鎖へと変わっていく。
コーエン兄弟はコメディとバイオレンスをはっきり視点を切り替えて描く作家だ。予備知識がないと、今回のコーエン兄弟はどっちのコーエン兄弟だろう、としばらく考えながら見てしまう。『ファーゴ』はバイオレンスのほうのコーエン兄弟だ。
大袈裟なアクションはなく、スター俳優も登場しない。主人公であるマージの登場も、30分を過ぎてからだ。しかもマージは、ヒーローらしからぬキャラクターだ。ルックスにしても、お世辞にも美人女優とはいえない。
どのカメラワークも平凡で、特別な事件が起きそうな予感がない。
それだけに、じわりじわりと恐怖が滲み出てくる。
なにかのタガか外れて、次々と殺人が起きる。
『ファーゴ』は、何もかもが平凡に見えるように制作されている。
だからこそ、事件の異常さが異様な重みを持って際立ってくる。
映画記事一覧
作品データ
監督:ジョエル・コーエン
音楽:カーター・バーウェル 脚本:イーサン・コーエン ジョエル・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド スティーヴ・ブシェミ
〇〇〇ウィリアム・H・メイシー ピーター・ストーメア
〇〇〇ハーヴ・プレスネル ジョン・キャロル・リンチ
〇〇〇クリステン・ルドルード トニー・デンマン
■
つづきはこちら
■2009/09/22 (Tue)
シリーズアニメ■
前巻までのあらすじ(第13集より)
三次のあと
原作170話 昭和84年2月10日掲載
原作170話 昭和84年2月10日掲載
臼井影郎は下足箱を前にして、手と足を止めた。蓋を開けたそこにあるのは、いったい――。
「開けなければ、いいと思うよ」
風浦可符香が現れ、臼井に優しく微笑みかけた。
「開けさえしなければ、チョコをもらえている臼井くんと、もらえていない臼井くんが同時に存在する、並行世界が続くんだよ」
死ぬかもしれない猫に箱をかぶせておく。するとその箱の中では、生きている猫と死んでいる猫の二つの世界が並行して存在することになる。
臼井は自分の下足箱をガムテープでべたべたに貼り付けて封印する。
今時、下足箱にチョコを入れるのかという行為については置いておくとして、開けなければ幸せな箱は事実存在する。
物事、蓋を開けてみるまでわからない。逆に開けさえしなければ、無限の可能性を持ち続けることができるのだ。
唐突に現れる、明らかに学校の部外者と見られる中年の男性。その頭に、箱をかぶせている。
「シュレディンガーの“デコ”です。昔、生え際がちょっときちゃったかなって時にこの箱を被ったのです。箱さえ開けなければ――まだ生えている自分も並行世界に存在しうるのです!」
教室に行くと、クラスの全員が揃っていた。
奈美が早々に考えを放棄して微笑んだ。
それをうしろからじーっと見ているあびる。
「奈美ちゃん、太った?」
「太ってないわよ!」
「そんな日塔さんには、これを。シュレディンガーの体重計です」
目盛部分に箱をかぶせた体重計。これならば、可能性として太っている日塔奈美と、太っていない日塔奈美が同時に存在し続けることができる。
箱さえ開けなければ、あらゆる可能性は同時に存在し続ける。
例えば、選挙の投票箱は開けなければ当選している自分と落選している自分が同時に存在し続けられる。
例えば、1週間放置したお弁当箱は、開けなければ奇跡的にまだ食べられる弁当と、新しい生命が誕生しちゃっているお弁当が同時に存在し続けられる。
可能性は多様に、どこまでも広がっていくのだ。
企画/スタッフ/予算/スケジュール/出来映え/売り上げ
絵コンテ・演出:鎌田裕輔 作画監督:北崎正浩 色指定:森綾 制作協力:虫プロダクション
葬られそこねた秘密
原作178話 昭和84年4月22日掲載
原作178話 昭和84年4月22日掲載
「困った」
困惑の糸色望。
「どうする?」
答えの見付からない小節あびる。
思考を放棄する日塔奈美。
テニスコートの中央。そこに円筒形の鉄の物体が突き刺さり、周囲の土を抉り取っている。衝撃で吹っ飛んだらしい土の下から、薄く白い煙が吹き上がっていた。
「これって、あれだよね? ニュースでやってた、ミサ……」
あびるが決定的なそれを口にする前に、望が遮った。
「報道では列島を飛び越えたって言ってませんでした?」
千里が茫然と円筒形の物体を見ている。
「実は迎撃に失敗して落ちたんじゃ……」
まといが望の背後から、懸念を囁きかけた。
「まさか……」
ま
ならば、なぜここにある?
「迎撃に失敗して落ちてたと報道されているのに、ここに存在している――」
「これは、超国家機密じゃないの?」
「政府はこの存在を何がなんでも隠したいはず!」
少女達が思考をまとめるように言葉を重ねていった。
「国家機密を知ったら、消されるナ」
全員が沈黙した。
誰もがまさかと思い、同時にもしやと疑い否定しきれない事態が起きてしまった。
「そ、そうだ。先にマスコミを呼んで、報道してもらおうよ。そうすれば、国も下手に手出しできなくなるはずよ」
奈美が顔を青ざめさせながら、解決策を提案する。
しかし、誰の顔にも希望は戻らなかった。
「マスコミ? マスコミなんて信用できると思う? マスコミはいつも私たちのお友達みたいな顔をしている。けど、実体は政治的デマゴギーの協力者じゃない。そのマスコミが列島を飛び越えたと報道しているのよ。私たちの立場を守ってくれると思う? マスコミが?」
まといが冷静な答えを告げた。
真っ先に望がぷいっと目を背けた。
「私も見ていない」
奈美も顔を背けた。
さらに木村カエレも。
「ちょっと、見て見ぬフリして放置するのも問題よ! このまま放っておくと――、爆発オチの可能性があるわよ。」
千里の警告。
国家よりも恐ろしく、漫画が避けなければならないのは、読者をがっ
こうして2のへ組絶望少女達は、爆発オチの回避と国家的陰謀を隠蔽のために、鉄の物体を隠そうと奔走を始める……。
人工衛星/が/飛んでいませんね/音楽/が/聞こえていない
絵コンテ・演出:鎌田裕輔 作画監督:田中穣 色指定:渡辺康子
原作第18集の記事へ
(※爆発オチの画像は、下の「つづき」にあります)
(※爆発オチの画像は、下の「つづき」にあります)
閉門ノススメ パート2
原作183話 昭和84年6月3日掲載
原作183話 昭和84年6月3日掲載
「ラーメン!」
勢いよく振り落とす。壁が砕けて、道が通じた。
「ラ・ア・メ・ン・ラ・ア・メ・ン」
奈美は異様に目をギラギラ輝かせながら、道を進んだ。目の前に現れる壁は破壊するべきものだとハンマーを振り上げる。今や奈美をとどめる者など誰もいなかった。
「もう、その壁の向うがラーメン店ぞ」
糸色 倫が地図を見ながら指示を与えた。
「よっしゃ!」
奈美がハンマーを振り上げる。目の前の白漆喰の壁を叩き壊した。
奈美と倫、それから時田はカウンターに並んで、ラーメンを注文した。
間もなく三人分のラーメンが並ぶ。
奈美と倫は期待を浮かべて、箸を二つに割り、麺を手繰った。麺を一口啜る。すぐにでも、「うっ」と呻き声を漏らしそうになった。
「経営者が変わって、味が変わった……」
倫が茫然と、丼に浮かぶ麺を見下ろしな
「現在の経営者は倫さまでございます」
時田が冷静に事実を突きつけた。
「とんだ、盲点」
倫ががっくりと視線を落とした。
「なに、その新作落語みたいなオチ! ああ、もうなんかガッカリ! 気晴らしに、カラオケ行こう、カラオケ!」
奈美はすぐに気分を入れ替えて、別の提案をした。
「カラオケ?」
時田が地図を広げた。
「このように買収していけば、辿り着けます」
地図には、隣り合った家を貫くように矢印が引かれ、その過程に「買収済み」の判子が押されていた。
「金のかかる級友だ」
倫は呆れるように呟くが、止める気はなかった。
と、いつの間にやら奈美の後を追うように女の子たちが従いてきていた。
「って、なんであなた達まで従いてきているの?」
奈美はようやく気付いて振り返った。小節あびるに、藤吉晴美、音無芽留、三珠真夜の4人だった。
「私たちの家もルート上にあったのよ」
あびるがクールな言葉で説明する。
「その壁の向うが待望のカラオケだ」
倫が地図を見ながら指示を与えた。
「カラオケ!」
奈美はハンマーを大きく振り上げて、力強く落とした。
「お兄様!」
「倫!」
倫に見咎められて、望は気まずそうに振り向いた。
「外出禁止ですよ!」
「そういうお前は何ですか」
望は色んなものを棚上げにやり返そうとする。
「土地の買収により、今やこの場所まで倫さまのご自宅の敷地内でございます」
「何という強引な……。だったら私はセーフです。学校に住民票を置くわけにはいかないので、書類上、倫と同じ住所なのです。あなたたちは家にいないと」
望は少し呆れた顔をするが、すぐにほっと安堵を浮かべた。今度は集ってきた少女達を見咎めるように振り向く。
あびるが“糸色家公認”と書かれた書類を見せた。原作第16集152話参照である。
そうだった、と望が表情を引き攣らせる。
「と、とにかく、これで外出禁止令を破らずどこにでも行けます」
「甘味屋さんに行きたーい!」
奈美は朗らかに手を上げた。
というわけで、ハンマー片手に次々と壁を破壊していく。そうして次の壁を破壊すると、目の前に現れたのは、学校のグランドだった。
「学校も買収したの?」
「はい。ルート上にございまして」
意外な驚きを浮かべる望に対し、時田が事務的な言葉を返した。
つまり、今この高校は『糸色高校』なのである。
一同は2のへ組教室に集合した。当然、クラスの少女達も一緒だった。彼女達は全員、糸色家が公認している
「はーい、それでは授業をはじめまーす」
望は憂鬱な顔で授業を始めた。せっかくの休日、やっかいな生徒に顔を合わせなくていいと思ったのに、この結果である。笑顔でいるのは、やはり望の嫁である木津千里だけだった。
イ/ト/セ/ズ/タ/イムリーニ
絵コンテ・演出:龍輪直征 作画監督:小林一三 色指定:石井理英子
『懺・さよなら絶望先生』第11回の記事へ
『懺・さよなら絶望先生』第13回の記事へ
さよなら絶望先生 シリーズ記事一覧へ
作品データ
監督:新房昭之 原作:久米田康治
副監督:龍輪直征 キャラクターデザイン・総作画監督:守岡英行
シリーズ構成:東富那子 チーフ演出:宮本幸裕 総作画監督:山村洋貴
色彩設計:滝沢いづみ 美術監督:飯島寿治 撮影監督:内村祥平
編集:関一彦 音響監督:亀山俊樹 音楽:長谷川智樹
アニメーション制作:シャフト
出演:神谷浩史 野中藍 井上麻里奈 谷井あすか 真田アサミ
〇〇〇小林ゆう 沢城みゆき 後藤邑子 新谷良子 松来未祐
〇〇〇矢島晶子 後藤沙緒里 根谷美智子 堀江由衣 斎藤千和
〇〇〇上田耀司 水島大宙 杉田智和 寺島拓篤 高垣彩陽
〇〇〇立木文彦 阿澄佳奈 中村悠一 麦人 MAEDAXR
この番組はフィクションです。実在する迎撃に失敗して落ちてきたミサイル、SONV、暗黒心中相思相愛をたまにカラオケで熱唱する神谷浩史とは一切関係ありません
■
さのすけを探せ!
■2009/09/21 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
3
私はしばらく、糸色先生が提示したリストを眺めていた。その中に自分の近しい人はいないだろうか、と探していた。でも、どの名前も住所も聞き覚えのないものばかりだった。私の人生とは、多分、接点はないだろう。
「それで、どうするんだ。これからそのリストを一件一件調べるのか?」
リストを眺めていた命先生が、糸色先生を振り返った。
糸色先生はすぐには答えず、しばらく考えるように顎をなでていた。
「……その必要はないと思います」
糸色先生はまだ思考中らしく、ぽつりと呟いた。
「あの、蘭京さんはリストにいないんですか? だって蘭京さん、どう考えてもそっち寄りの人でしょう? 私、絶対に蘭京さんがリストにいると思ったんですけど」
藤吉がちょっと手を上げて注目を集めた。
「僕も同じように思った。蘭京太郎というのは本名か? まだあいつは行方不明のままなんだろう」
命先生が同意らしく後を継いだ。
「いえ、わからないですが。兄さんは何か思い当たるところでも?」
糸色先生はちょっと顔を上げて命先生を振り返った。まだ糸色先生は考え中みたいな表情だった。
「いや、どう考えても怪しいだろう。お前のところの生徒を4人も殺害して姿をくらましたんだ。事件に無関係とは思えない」
命先生は断言するように意見を告げた。
「私も同感です。蘭京太郎の事件は未解決のままですから。すっきりしません。蘭京太郎という人物について、改めて考えてみてもいいと思います。先生、蘭京太郎とはもちろん会ったことはありますよね。」
千里も命先生に追従した。
糸色先生は考えるように顎をなでて、うつむいてしまった。
「確かに会ったことはありますよ。同じ職場ですから。でも、挨拶をかわした程度の関係ですから、正直なところ、よくわからないです」
糸色先生は顔を上げるが、答えが見つけられないらしくもどかしそうな表情をしていた。
ここで話が途切れてしまった。みんな目線で何か言い出すのを譲り合っているみたいだった。でも、誰ひとりとして、蘭京太郎に関する情報を口にする人はいなかった。
私もそういえば蘭京太郎についてよく知らなかった。用務員として高校に駐在している人。考えてみれば、私にとっての蘭京太郎はそれで全部だった。
「それじゃ、話を元に戻しましょうよ。男爵が戻ってきた理由はなんなんですか? それに、あの可符香ちゃんそっくりの女の子はいったい誰なんですか?」
私たちが沈黙していると、藤吉がちょっと身を乗り出して、私たち一同を見回した。
「そりゃ、望の抹殺だろう。あるいは、糸色家全員かもしれんがな」
命先生が他人事みたいに答えを返した。
「でも、そんなことをしたら殺人罪でしょ? 人を殺したら男爵だって、ただで済むわけないじゃないですか。」
千里が命先生を見て、疑問で返した。
糸色先生は厳しい顔で頷いた。
「ええ、確かに。しかし、殺人の罪を被るのは男爵でも、あの風浦さんにそっくりの女の子ではありません。風浦さんただ一人です。どうやら別人らしいと我々はわかっていますが、世間的に見れば、どう考えてもあれは風浦可符香さんです。だからもし、町中であの風浦さんに似た女の子が私を刺した場合、見ていた人はみんな風浦可符香さんが刺したと証言するでしょう。男爵の目論見は風浦可符香そっくりのあの女の子で私を殺し、その後で風浦可符香さんと摩り替えるつもりなのでしょう」
「警察に捕まるのは風浦可符香ただ一人。そしてお前は、自分の生徒に殺されたという不名誉を世間に残し、死んでいくわけだ。そうなると、糸色家の名声も大きくがたつくだろう。まったく悪趣味な計画だ」
糸色先生の推測の後に、命先生が重い調子で追従した。
次回 P063 第6章 異端の少女4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P062 第6章 異端の少女
3
私はしばらく、糸色先生が提示したリストを眺めていた。その中に自分の近しい人はいないだろうか、と探していた。でも、どの名前も住所も聞き覚えのないものばかりだった。私の人生とは、多分、接点はないだろう。
「それで、どうするんだ。これからそのリストを一件一件調べるのか?」
リストを眺めていた命先生が、糸色先生を振り返った。
糸色先生はすぐには答えず、しばらく考えるように顎をなでていた。
「……その必要はないと思います」
糸色先生はまだ思考中らしく、ぽつりと呟いた。
「あの、蘭京さんはリストにいないんですか? だって蘭京さん、どう考えてもそっち寄りの人でしょう? 私、絶対に蘭京さんがリストにいると思ったんですけど」
藤吉がちょっと手を上げて注目を集めた。
「僕も同じように思った。蘭京太郎というのは本名か? まだあいつは行方不明のままなんだろう」
命先生が同意らしく後を継いだ。
「いえ、わからないですが。兄さんは何か思い当たるところでも?」
糸色先生はちょっと顔を上げて命先生を振り返った。まだ糸色先生は考え中みたいな表情だった。
「いや、どう考えても怪しいだろう。お前のところの生徒を4人も殺害して姿をくらましたんだ。事件に無関係とは思えない」
命先生は断言するように意見を告げた。
「私も同感です。蘭京太郎の事件は未解決のままですから。すっきりしません。蘭京太郎という人物について、改めて考えてみてもいいと思います。先生、蘭京太郎とはもちろん会ったことはありますよね。」
千里も命先生に追従した。
糸色先生は考えるように顎をなでて、うつむいてしまった。
「確かに会ったことはありますよ。同じ職場ですから。でも、挨拶をかわした程度の関係ですから、正直なところ、よくわからないです」
糸色先生は顔を上げるが、答えが見つけられないらしくもどかしそうな表情をしていた。
ここで話が途切れてしまった。みんな目線で何か言い出すのを譲り合っているみたいだった。でも、誰ひとりとして、蘭京太郎に関する情報を口にする人はいなかった。
私もそういえば蘭京太郎についてよく知らなかった。用務員として高校に駐在している人。考えてみれば、私にとっての蘭京太郎はそれで全部だった。
「それじゃ、話を元に戻しましょうよ。男爵が戻ってきた理由はなんなんですか? それに、あの可符香ちゃんそっくりの女の子はいったい誰なんですか?」
私たちが沈黙していると、藤吉がちょっと身を乗り出して、私たち一同を見回した。
「そりゃ、望の抹殺だろう。あるいは、糸色家全員かもしれんがな」
命先生が他人事みたいに答えを返した。
「でも、そんなことをしたら殺人罪でしょ? 人を殺したら男爵だって、ただで済むわけないじゃないですか。」
千里が命先生を見て、疑問で返した。
糸色先生は厳しい顔で頷いた。
「ええ、確かに。しかし、殺人の罪を被るのは男爵でも、あの風浦さんにそっくりの女の子ではありません。風浦さんただ一人です。どうやら別人らしいと我々はわかっていますが、世間的に見れば、どう考えてもあれは風浦可符香さんです。だからもし、町中であの風浦さんに似た女の子が私を刺した場合、見ていた人はみんな風浦可符香さんが刺したと証言するでしょう。男爵の目論見は風浦可符香そっくりのあの女の子で私を殺し、その後で風浦可符香さんと摩り替えるつもりなのでしょう」
「警察に捕まるのは風浦可符香ただ一人。そしてお前は、自分の生徒に殺されたという不名誉を世間に残し、死んでいくわけだ。そうなると、糸色家の名声も大きくがたつくだろう。まったく悪趣味な計画だ」
糸色先生の推測の後に、命先生が重い調子で追従した。
次回 P063 第6章 異端の少女4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/21 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
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「みんなごめんね」
ようやく落ち着いたらしい藤吉が、眼鏡をかけて私たちみんなに軽い感じの声をかけた。でも目元は赤く腫れたままで、少し痛々しかった。
千里と藤吉もスツールを持ってきて、私の右隣に並んで座った。私たちはちょうど、円陣を組む体制になった。
「それでは先生。10年前の事件から話を聞かせてください。」
皆の準備が整うと、千里が委員長らしく話を進行させた。
「そうですね。皆さんはすでに事件の当事者ですから。知る必要があるでしょう。……10年前、私は一つの事件と遭遇しました。私は高校2年生、17歳のときでしたね。当時の男爵は、あの屋敷に月数回のペースで人を集めて、パーティーを主催していました。そのパーティーの余興として、50人近い子供が、快楽のために殺害されていたのです」
糸色先生は私たち全員の顔を見ながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの、いったいどんなパーティーだったのですか? 快楽のために子供を殺害したって……。」
千里が困惑して言葉を引き攣らせていた。いつもきっちりしている富士額に、髪の毛がかかっていた。
糸色先生の代わりに、命先生が答えた。
「そこは聞かないほうがいいな。パーティーの余興として子供が殺されていた、この部分だけ理解していればそれでいい。私は外科もやるんで、大抵の修羅場は経験しているつもりだったが、それでも実際の写真を見て胸が悪くなった。精神衛生上のためにも、それ以上話は聞かないほうがいい」
命先生が腕組をして千里に忠告した。千里は顔をこわばらせたまま小さく二度頷いた。
「とにかく、あの屋敷では夜な夜な“殺人ショー”が行われていました。それを知った私は、男爵を告発しようとしたのです。しかし男爵の招いた客の中には、政治家、警察、マスコミといった人たちもいました。要するに、権力に関わる組織は、全員が男爵と共犯関係にあったわけです。告発が思うようにいくわけがありません。警察に届け出ても無視でしたし、マスコミも一切取り上げません。しかも私は、むしろ逆襲に遭って窮地に陥りました」
糸色先生がその続きを話しはじめた。
話を聞いているうちに、私は恐くなってしまった。あの屋敷、あの食卓で人が殺されていた。知らなかったとはいえ、私たちはそんな屋敷に押し入って、監禁されていたのだ。
それに約50人と説明されているが、それでは収まらないだろう。あの独房、それから水に浸された穴の中。回収されていない死体は、まだあの屋敷にたくさん眠っているはずだ。
「それじゃ、どうやって男爵を逮捕させたんですか?」
藤吉が真剣な顔をして訊ねた。そうだ。権力を味方につけていたとはいえ、結果的に男爵は逮捕されたのだ。
「父の大だよ。父は現職の国会議員だからな。要するに、父は男爵に抵抗できる権力だった、というわけだ」
命は少し誇らしげな調子で答えた。糸色先生が頷いて、話の続きを継いだ。
「そう。父が国会会期中に突然、私が作成したパーティーの参加者リストを読み上げたのです。もちろんNHKのカメラで完全生中継。男爵の背徳行為は、一気に全国の茶の間に伝えられたのです。これで初めて警察が捜査に乗り出し、事件は一気に解決。関係者は末端まで刑務所送りになりました。……情けない話です。最後には父親に助けられたわけですから」
糸色先生は淡々と説明し、その最後で少し気分を沈ませるように肩を落とした。
「いえ、先生、いいんですよ、それだけの事件でしたから。先生が無事で何よりです。それに、助かった子供もいたんでしょ?」
糸色先生の左隣のまといが、慰めるように言葉をかけた。まといはこんな時でも糸色先生にかぶりつきで、私は心の中で「近すぎよ!」と思った。
「ええ、少ないですが、救出された子供もいました。みんな体が衰弱していて、無事に成長した子供は少なかったですね。精神的な障害はもっと重いようでした。衰弱して皮膚が緑色になっていた子供もいましたね」
糸色先生はまといの厚かましい眼差しにちょっと顔をのけぞらせて、話を続けた。
「はい? 皮膚が緑色、ですか?」
聞きなれない症状に、千里が訊ねた。
「飢餓状態の一種だよ。腹が膨れるのはよく知られるが、皮膚が緑色になるのも、飢餓状態の症状だ。病名は『緑性萎縮黄病』。極端な飢餓による栄養失調がもたらす貧血病だよ。男爵は戯れで、毒を与えながら子供を飢餓状態に置き、次第に理性を失って衰弱死する様を見て楽しんでいたようだな。残念ながら、そういった飢餓状態で救われた子供に生存者はいない。それに、そうだ。実は男爵は表向きには東大付属植物園の研究員だった。人体実験していたという噂は、今も絶えんな」
命先生が腕組を外し、専門家らしい視点を加えた説明をした。
「他にも、助かった子供はいました。でも、救出された子供たち、というのと少し違う子供たちでした。『男爵の弟子』と呼ばれる子供たちです。男爵は子供達の中から素質のある者を選び出し、自分の後継者として育てていたようです。これがその13人のリストです。中には、著名な芸術家になった者もいますね。もっとも、“趣味が高じた殺人”が明らかになって逮捕されましたが。行方が明らかな者がどれだけいるか、わかりません」
糸色先生はそう前置きして、持っていたリストを私たちに差し出して見せた。リストはコピーを繰り返したらしく、文字が滲んだようにぼやけていた。それでも、判読不明というほどでもなかった。
リストには、次の13人が名前と住所が共に羅列されていた。
次回 P62 第6章 異端の少女3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P061 第6章 異端の少女
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「みんなごめんね」
ようやく落ち着いたらしい藤吉が、眼鏡をかけて私たちみんなに軽い感じの声をかけた。でも目元は赤く腫れたままで、少し痛々しかった。
千里と藤吉もスツールを持ってきて、私の右隣に並んで座った。私たちはちょうど、円陣を組む体制になった。
「それでは先生。10年前の事件から話を聞かせてください。」
皆の準備が整うと、千里が委員長らしく話を進行させた。
「そうですね。皆さんはすでに事件の当事者ですから。知る必要があるでしょう。……10年前、私は一つの事件と遭遇しました。私は高校2年生、17歳のときでしたね。当時の男爵は、あの屋敷に月数回のペースで人を集めて、パーティーを主催していました。そのパーティーの余興として、50人近い子供が、快楽のために殺害されていたのです」
糸色先生は私たち全員の顔を見ながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの、いったいどんなパーティーだったのですか? 快楽のために子供を殺害したって……。」
千里が困惑して言葉を引き攣らせていた。いつもきっちりしている富士額に、髪の毛がかかっていた。
糸色先生の代わりに、命先生が答えた。
「そこは聞かないほうがいいな。パーティーの余興として子供が殺されていた、この部分だけ理解していればそれでいい。私は外科もやるんで、大抵の修羅場は経験しているつもりだったが、それでも実際の写真を見て胸が悪くなった。精神衛生上のためにも、それ以上話は聞かないほうがいい」
命先生が腕組をして千里に忠告した。千里は顔をこわばらせたまま小さく二度頷いた。
「とにかく、あの屋敷では夜な夜な“殺人ショー”が行われていました。それを知った私は、男爵を告発しようとしたのです。しかし男爵の招いた客の中には、政治家、警察、マスコミといった人たちもいました。要するに、権力に関わる組織は、全員が男爵と共犯関係にあったわけです。告発が思うようにいくわけがありません。警察に届け出ても無視でしたし、マスコミも一切取り上げません。しかも私は、むしろ逆襲に遭って窮地に陥りました」
糸色先生がその続きを話しはじめた。
話を聞いているうちに、私は恐くなってしまった。あの屋敷、あの食卓で人が殺されていた。知らなかったとはいえ、私たちはそんな屋敷に押し入って、監禁されていたのだ。
それに約50人と説明されているが、それでは収まらないだろう。あの独房、それから水に浸された穴の中。回収されていない死体は、まだあの屋敷にたくさん眠っているはずだ。
「それじゃ、どうやって男爵を逮捕させたんですか?」
藤吉が真剣な顔をして訊ねた。そうだ。権力を味方につけていたとはいえ、結果的に男爵は逮捕されたのだ。
「父の大だよ。父は現職の国会議員だからな。要するに、父は男爵に抵抗できる権力だった、というわけだ」
命は少し誇らしげな調子で答えた。糸色先生が頷いて、話の続きを継いだ。
「そう。父が国会会期中に突然、私が作成したパーティーの参加者リストを読み上げたのです。もちろんNHKのカメラで完全生中継。男爵の背徳行為は、一気に全国の茶の間に伝えられたのです。これで初めて警察が捜査に乗り出し、事件は一気に解決。関係者は末端まで刑務所送りになりました。……情けない話です。最後には父親に助けられたわけですから」
糸色先生は淡々と説明し、その最後で少し気分を沈ませるように肩を落とした。
「いえ、先生、いいんですよ、それだけの事件でしたから。先生が無事で何よりです。それに、助かった子供もいたんでしょ?」
糸色先生の左隣のまといが、慰めるように言葉をかけた。まといはこんな時でも糸色先生にかぶりつきで、私は心の中で「近すぎよ!」と思った。
「ええ、少ないですが、救出された子供もいました。みんな体が衰弱していて、無事に成長した子供は少なかったですね。精神的な障害はもっと重いようでした。衰弱して皮膚が緑色になっていた子供もいましたね」
糸色先生はまといの厚かましい眼差しにちょっと顔をのけぞらせて、話を続けた。
「はい? 皮膚が緑色、ですか?」
聞きなれない症状に、千里が訊ねた。
「飢餓状態の一種だよ。腹が膨れるのはよく知られるが、皮膚が緑色になるのも、飢餓状態の症状だ。病名は『緑性萎縮黄病』。極端な飢餓による栄養失調がもたらす貧血病だよ。男爵は戯れで、毒を与えながら子供を飢餓状態に置き、次第に理性を失って衰弱死する様を見て楽しんでいたようだな。残念ながら、そういった飢餓状態で救われた子供に生存者はいない。それに、そうだ。実は男爵は表向きには東大付属植物園の研究員だった。人体実験していたという噂は、今も絶えんな」
命先生が腕組を外し、専門家らしい視点を加えた説明をした。
「他にも、助かった子供はいました。でも、救出された子供たち、というのと少し違う子供たちでした。『男爵の弟子』と呼ばれる子供たちです。男爵は子供達の中から素質のある者を選び出し、自分の後継者として育てていたようです。これがその13人のリストです。中には、著名な芸術家になった者もいますね。もっとも、“趣味が高じた殺人”が明らかになって逮捕されましたが。行方が明らかな者がどれだけいるか、わかりません」
糸色先生はそう前置きして、持っていたリストを私たちに差し出して見せた。リストはコピーを繰り返したらしく、文字が滲んだようにぼやけていた。それでも、判読不明というほどでもなかった。
リストには、次の13人が名前と住所が共に羅列されていた。
〇〇名前 当時の住所
三田 智菜美 東京府調布市20-7
楠田 陽子 東京府調布市4-98
群 市太郎 静岡県駿河区31-121
火田 健次郎 福岡県福岡市5-21
帆府 茅香 東京府市川市3-55
市女笠 吉武 東京府守谷市大粕7-14
桜 妓市 東京府杉並区3-83
山形 富一 宮城県仙台市66-65
吉川 和海 千葉県茂原市11-534
幸田 邦仁 茨城県閲沼市3-8
池谷 彰 東京府久坂市2-35
源 民 東京府調布市20-7
三田 智菜美 東京府調布市20-7
楠田 陽子 東京府調布市4-98
群 市太郎 静岡県駿河区31-121
火田 健次郎 福岡県福岡市5-21
帆府 茅香 東京府市川市3-55
市女笠 吉武 東京府守谷市大粕7-14
桜 妓市 東京府杉並区3-83
山形 富一 宮城県仙台市66-65
吉川 和海 千葉県茂原市11-534
幸田 邦仁 茨城県閲沼市3-8
池谷 彰 東京府久坂市2-35
源 民 東京府調布市20-7
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