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■2009/09/26 (Sat)
映画:外国映画■
18世紀のパリは、悪臭そのもののような都市だった。
下水は整備されておらず、汚物と汚水は路上に打ちすてられ、その汚物を踏んでしまわないためにハイヒールが必需だった。
ジョン=バティスト・グルヌイユが生まれたのは、そんな中でも悪臭のきつい、魚市場だった。
バティストの母親は、すでに四人の子供を屋台の下で生んでいた。だがすべての子供は、魚市場の酷い悪臭に自ら息を止めて死亡した。死亡した子供は、魚のはらわたと共に捨てられた。
だが、バティストは特別な子供だった。
バティストはそこに漂うすべての匂いに関心を持って交わり、生きる選択をした。
当時のパリは“悪臭の街”の象徴だった。オシャレな街として整備されるのはずっと後の話。バティスト少年の周囲には死が取り巻いている。この映画はあえてだと思うが死を重く描いていない。他人の死を重要視しないのがこの映画とバティストを描く上のテーマなのだろう。
バティストは孤児院に預けられ、成長して皮職人の親方に預けられた。
ある日、皮職人の親方は、バティストをパリの街に連れて行く。
バティストにとって、はじめて訪れるパリの往来。
そこでバティストはあらゆる香りに接し、はじめて“良い香りと悪い香り”の2種類あると自覚する。
“性の目覚め”ならぬ“香りの目覚め”だ。バティストはこの時の香りが忘れられず、この思い出を神聖視し始める。
パリの街で、バティストを惹きつけたのは、一軒の香水屋だった。
それ以上にバディストを惹きつけたのは、路地裏を歩く一人の少女だった。
バティストは香りの正体を知ろうと、少女を追った。
少女は、バティストに襲われると思い、悲鳴を上げる。バティストはとっさに少女を黙らせようとして、誤って殺してしまう。
その途端に、少女から匂いは消えていた。
バティストは少女の服を剥ぎ取り、詳しく調べるが、あの匂いはどこにもない。
これを切っ掛けに、バティストは究極の香りを作り、香りを永久に保存する方法に執着するようになる。
バティストの最初の師匠はダスティン・ホフマン。やはり鼻の大きさか?天才の思考は常に社会通念を越えるから天才なのである。時にタブーを犯すが、自身の理念のためなら恐れてはならない。
映画館には当然、匂いはない。
だから映画『パフューム ある人殺しの物語』は何度も対象に向かってクローズアップを繰り返す。
観客に、それが持っている匂いを連想させるためだ。
映画の主人公バティストが最も関心を持つのは、美女の香りである。
バティストは、少年時代の初恋を思い出すように、何度も美女を夢の中に見る。むき出しのうなじ。緩くウェーブを描いた赤毛。くっきりとした眉に、強く輝く眼差し……。
カメラは美女の身体にどこまでも接近していき、それが持っている香り以上に強烈なエロチズムを際立たせる。
映画中では赤毛が美人の記号として描かれる。トム・ティクヴァ監督は赤毛に何か思い入れでもあるのだろうか?もっとも『パフューム』はフェチ映画だからテーマと合っていてOK。
バティストは天才であるが、すぐに異常な人間であるとわかる。
バティストは美女ににじみ寄り、服を剥ぎ取って陰部にまで鼻を近づけるが、性欲に関心がない。バティストの関心は肉欲の部分には決して向かわず、あくまでも香りだけにこだわる。
美女が放つ香りを保存するために、手段を選ばない。
バティストは純粋なのだ。だから社会的規律が定める罰にも恐れを抱かない。ただ自身の目的だけが、バティストの行動全体を支配し、突き動かすのだ。
バティストは指も使わず、舌も使わない。ただ身体から際立つ香りだけで、美女の体をなぞり、探っていく。
そんなフェティシズムがバティスト少年の運命を決定付け、奈落へと突き落としていく。
映画記事一覧
作品データ
監督・音楽・脚本:トム・ティクヴァ 原作:パトリック・ジュースキント
音楽:ジョニー・クリメック ラインホルト・ハイル
脚本:アンドリュー・バーキン ベルント・アイヒンガー
出演:ベン・ウィショー ダスティン・ホフマン
〇〇〇アラン・リックマン レイチェル・ハード=ウッド
〇〇〇アンドレス・エレーラ サイモン・チャンドラー
〇〇〇デヴィッド・コールダー カロリーネ・ヘルフルト
下水は整備されておらず、汚物と汚水は路上に打ちすてられ、その汚物を踏んでしまわないためにハイヒールが必需だった。
ジョン=バティスト・グルヌイユが生まれたのは、そんな中でも悪臭のきつい、魚市場だった。
バティストの母親は、すでに四人の子供を屋台の下で生んでいた。だがすべての子供は、魚市場の酷い悪臭に自ら息を止めて死亡した。死亡した子供は、魚のはらわたと共に捨てられた。
だが、バティストは特別な子供だった。
バティストはそこに漂うすべての匂いに関心を持って交わり、生きる選択をした。
当時のパリは“悪臭の街”の象徴だった。オシャレな街として整備されるのはずっと後の話。バティスト少年の周囲には死が取り巻いている。この映画はあえてだと思うが死を重く描いていない。他人の死を重要視しないのがこの映画とバティストを描く上のテーマなのだろう。
バティストは孤児院に預けられ、成長して皮職人の親方に預けられた。
ある日、皮職人の親方は、バティストをパリの街に連れて行く。
バティストにとって、はじめて訪れるパリの往来。
そこでバティストはあらゆる香りに接し、はじめて“良い香りと悪い香り”の2種類あると自覚する。
“性の目覚め”ならぬ“香りの目覚め”だ。バティストはこの時の香りが忘れられず、この思い出を神聖視し始める。
パリの街で、バティストを惹きつけたのは、一軒の香水屋だった。
それ以上にバディストを惹きつけたのは、路地裏を歩く一人の少女だった。
バティストは香りの正体を知ろうと、少女を追った。
少女は、バティストに襲われると思い、悲鳴を上げる。バティストはとっさに少女を黙らせようとして、誤って殺してしまう。
その途端に、少女から匂いは消えていた。
バティストは少女の服を剥ぎ取り、詳しく調べるが、あの匂いはどこにもない。
これを切っ掛けに、バティストは究極の香りを作り、香りを永久に保存する方法に執着するようになる。
バティストの最初の師匠はダスティン・ホフマン。やはり鼻の大きさか?天才の思考は常に社会通念を越えるから天才なのである。時にタブーを犯すが、自身の理念のためなら恐れてはならない。
映画館には当然、匂いはない。
だから映画『パフューム ある人殺しの物語』は何度も対象に向かってクローズアップを繰り返す。
観客に、それが持っている匂いを連想させるためだ。
映画の主人公バティストが最も関心を持つのは、美女の香りである。
バティストは、少年時代の初恋を思い出すように、何度も美女を夢の中に見る。むき出しのうなじ。緩くウェーブを描いた赤毛。くっきりとした眉に、強く輝く眼差し……。
カメラは美女の身体にどこまでも接近していき、それが持っている香り以上に強烈なエロチズムを際立たせる。
映画中では赤毛が美人の記号として描かれる。トム・ティクヴァ監督は赤毛に何か思い入れでもあるのだろうか?もっとも『パフューム』はフェチ映画だからテーマと合っていてOK。
バティストは天才であるが、すぐに異常な人間であるとわかる。
バティストは美女ににじみ寄り、服を剥ぎ取って陰部にまで鼻を近づけるが、性欲に関心がない。バティストの関心は肉欲の部分には決して向かわず、あくまでも香りだけにこだわる。
美女が放つ香りを保存するために、手段を選ばない。
バティストは純粋なのだ。だから社会的規律が定める罰にも恐れを抱かない。ただ自身の目的だけが、バティストの行動全体を支配し、突き動かすのだ。
バティストは指も使わず、舌も使わない。ただ身体から際立つ香りだけで、美女の体をなぞり、探っていく。
そんなフェティシズムがバティスト少年の運命を決定付け、奈落へと突き落としていく。
映画記事一覧
作品データ
監督・音楽・脚本:トム・ティクヴァ 原作:パトリック・ジュースキント
音楽:ジョニー・クリメック ラインホルト・ハイル
脚本:アンドリュー・バーキン ベルント・アイヒンガー
出演:ベン・ウィショー ダスティン・ホフマン
〇〇〇アラン・リックマン レイチェル・ハード=ウッド
〇〇〇アンドレス・エレーラ サイモン・チャンドラー
〇〇〇デヴィッド・コールダー カロリーネ・ヘルフルト
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■2009/09/26 (Sat)
映画:外国映画■
その日、33年間キャスターを務めたベテラン、ピーターが引退する。
ニュースリポーターであるブルースは、同僚のエバンと、キャスターの座を争っていた。
ブルースは、自分がキャスターの座に就けると、信じて疑っていなかった。
しかし、上司が指名したのは、エバンだった。
新しいニュースキャスターの座はブルースかエバンのどちらかであった。上司の選択はエバンだった。嫉妬に狂ったブルースは本番中に暴言を撒き散らし、放送局をクビになる。
何もかもがうまく行かない。
ブルースは、天に向かって神を罵る。
「天罰を落としてみろ! クビになっちまえ! ちっとも仕事をしないのは、あんただけだ!」
そんなブルースの前に、まさかの神が現れる。
神はブルースに自分の力を授け、バカンスに行ってしまう。
「自分の代わりに、神の仕事をやってみろ」と言い残して。
“天井”から脚立で降りてくる神。ユーモアがあって面白い場面だ。それにしても、モーガンフリーマンは映画を選ばない人だ。
ジム・キャリーの前に、モーガン・フリーマンの神が現れる。
超越的なストーリーは、いかにもアメリカン・コメディ的な展開で始まる。大袈裟な身振りに、コミック的な演技。分かりやすい物語。人を選ばず、誰でも理解できる映画だ。
ブルースは神の力を得るが、その奇跡の一つ一つがあまりにも馬鹿馬鹿しい。
赤いスープを『十戒』のように二つに割ったり、尻から猿を出現させたり。
そんな不条理さも、神様が登場してしまった時点で、容認せねばならない。すでに映画が置かれている状況は、条理的な認識を徹底的に逸脱しているのだ。
脇役扱いだったスティーヴン・カレル。しかし続編『エバン・オールマイティ』の主役の座を手に入れ、『ゲット・スマート』などをヒットさせ、今やコメディ俳優の代表になりつつある。ある意味、ジム・キャリーの座を乗っ取ったといえる(ジム・キャリーのギャラ高額化も問題の一つなのだが)。
意外性のあるコメディに思えるが、物語としては典型的な結末に向かっていく。
愚か者が善に目覚め、悔悛していくストーリーだ。
突飛な展開が連続していくように思えるが、物語の骨は、類型的な説教物語を形式として踏襲している。
放蕩と、改心。ピューリタズム的精神が、背後に見えてくる。実にキリスト教国家にふさわしい物語だ。
赤いスープを『十戒』のごとく二つに割る。あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑えた。ブルースは利己的人間だが、考えるスケールが限りなく馬鹿馬鹿しく、しかも無害だ。このようなどーでもいい馬鹿馬鹿しいシーンが連発する映画だと思えばいい。
ジム・キャリーはゴムのような顔面で、自在に感情を表現する。アニメーションにありがちな身振り手振りを、デジタルの手助けなしに身体で具現化する。
コメディ映画の精神を、身体で表現する俳優である。だがジム・キャリーの優秀さは、ただのコメディアンに納まらない部分にある。映画のポイントをよく理解し、要所要所に素晴らしい演技を見せる。
いかにもなアメリカン・コメディだが、見所のある作品である。
映画記事一覧
作品データ
監督:トム・シャドヤック 音楽:ジョン・デブニー
脚本:スティーヴ・コーレン マーク・オキーフ
〇〇〇スティーヴ・オーデカーク
出演:ジム・キャリー モーガン・フリーマン
〇〇〇ジェニファー・アニストン フィリップ・ベイカー・ホール
〇〇〇キャサリン・ベル スティーヴン・カレル
ニュースリポーターであるブルースは、同僚のエバンと、キャスターの座を争っていた。
ブルースは、自分がキャスターの座に就けると、信じて疑っていなかった。
しかし、上司が指名したのは、エバンだった。
新しいニュースキャスターの座はブルースかエバンのどちらかであった。上司の選択はエバンだった。嫉妬に狂ったブルースは本番中に暴言を撒き散らし、放送局をクビになる。
何もかもがうまく行かない。
ブルースは、天に向かって神を罵る。
「天罰を落としてみろ! クビになっちまえ! ちっとも仕事をしないのは、あんただけだ!」
そんなブルースの前に、まさかの神が現れる。
神はブルースに自分の力を授け、バカンスに行ってしまう。
「自分の代わりに、神の仕事をやってみろ」と言い残して。
“天井”から脚立で降りてくる神。ユーモアがあって面白い場面だ。それにしても、モーガンフリーマンは映画を選ばない人だ。
ジム・キャリーの前に、モーガン・フリーマンの神が現れる。
超越的なストーリーは、いかにもアメリカン・コメディ的な展開で始まる。大袈裟な身振りに、コミック的な演技。分かりやすい物語。人を選ばず、誰でも理解できる映画だ。
ブルースは神の力を得るが、その奇跡の一つ一つがあまりにも馬鹿馬鹿しい。
赤いスープを『十戒』のように二つに割ったり、尻から猿を出現させたり。
そんな不条理さも、神様が登場してしまった時点で、容認せねばならない。すでに映画が置かれている状況は、条理的な認識を徹底的に逸脱しているのだ。
脇役扱いだったスティーヴン・カレル。しかし続編『エバン・オールマイティ』の主役の座を手に入れ、『ゲット・スマート』などをヒットさせ、今やコメディ俳優の代表になりつつある。ある意味、ジム・キャリーの座を乗っ取ったといえる(ジム・キャリーのギャラ高額化も問題の一つなのだが)。
意外性のあるコメディに思えるが、物語としては典型的な結末に向かっていく。
愚か者が善に目覚め、悔悛していくストーリーだ。
突飛な展開が連続していくように思えるが、物語の骨は、類型的な説教物語を形式として踏襲している。
放蕩と、改心。ピューリタズム的精神が、背後に見えてくる。実にキリスト教国家にふさわしい物語だ。
赤いスープを『十戒』のごとく二つに割る。あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑えた。ブルースは利己的人間だが、考えるスケールが限りなく馬鹿馬鹿しく、しかも無害だ。このようなどーでもいい馬鹿馬鹿しいシーンが連発する映画だと思えばいい。
ジム・キャリーはゴムのような顔面で、自在に感情を表現する。アニメーションにありがちな身振り手振りを、デジタルの手助けなしに身体で具現化する。
コメディ映画の精神を、身体で表現する俳優である。だがジム・キャリーの優秀さは、ただのコメディアンに納まらない部分にある。映画のポイントをよく理解し、要所要所に素晴らしい演技を見せる。
いかにもなアメリカン・コメディだが、見所のある作品である。
映画記事一覧
作品データ
監督:トム・シャドヤック 音楽:ジョン・デブニー
脚本:スティーヴ・コーレン マーク・オキーフ
〇〇〇スティーヴ・オーデカーク
出演:ジム・キャリー モーガン・フリーマン
〇〇〇ジェニファー・アニストン フィリップ・ベイカー・ホール
〇〇〇キャサリン・ベル スティーヴン・カレル
■2009/09/26 (Sat)
映画:外国映画■
舞台となるリッチモンド高校は、生徒の成績が悪く、荒れた学校だった。
カーターはそんな学校のバスケットコーチに招待される。
カーターは、まず生徒たちに、ルールを課す。
“練習の5分前に集合すること”
“成績は、2.3以上修めること”
そのルールに納得がいかない部員たちが、次々とチームから抜けてしまう。
残ったチームだけで練習を続け“リッチモンド対ハーキュリー”戦で、勝利を獲得する。
チームメイトはそれぞれ問題を抱えていた。クルーズの場合は麻薬の売人。まず驚いたのは、アメリカの若者の自堕落な姿。規律を一方的な強制だと否定し、流れるままに身を落としていく。……日本の若者も無関係ではない。
クルーズはチームを抜けた一人だった。
勝利に喜ぶチームメイトを見たクルーズは、チームに戻りたいと思うようになっていた。
クルーズはカーターに謝り、再びチームに戻れるようお願いする。
カーターは厳しく「ならば金曜日までに腕立て2500回とダッシュ1000本だ」と条件をつける。
やがて金曜日になるが、クルーズはカーターの課した条件を達成できなかった。
すると、チームメイトが協力を申し出た。
「彼の分を、自分たちでやる」と。
「そこまで強引な指導する必要は……」とあらすじを見て思ったが、相手はそれ以上にやる気なしの集団。これが自由主義なのか、と思ってしまった。
それ以後も、カーターのチームは順調に連戦連勝を続けていく。
しかし、学業の面がまったく守られていなかった。大半が成績不良、出席日数不足だった。
カーターは部員たちが要求する成績を達成できるまで体育館を閉鎖にし、試合も中止にさせる。
生徒の忍耐力のなさに驚いたが、保護者の責任能力のなさにも驚かされた。体育館閉鎖のシーンでは「教育者としての能力が疑われる。閉鎖をやめるべきだ」と自分たちのやる気のなさを言い訳。日教組はアメリカ生まれなのだろか?
わかりやすい青春スポーツ・ムービーだ。
難しく構える必要はどこにもない。
ストーリーに見る者を動揺させたり、不安がらせる要素は全くない。最後には期待通りのエンディングが待っている。実に行儀のいいエンターティンメントだ。
見る者も、単純に物語の感情に身を委ねればいいだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:トーマス・カーター
出演:サミュエル・L・ジャクソン リック・ゴンザレス
〇〇〇ロブ・ブラウン ロバート・リチャード
〇〇〇アシャンティ アントウォン・タナー
カーターはそんな学校のバスケットコーチに招待される。
カーターは、まず生徒たちに、ルールを課す。
“練習の5分前に集合すること”
“成績は、2.3以上修めること”
そのルールに納得がいかない部員たちが、次々とチームから抜けてしまう。
残ったチームだけで練習を続け“リッチモンド対ハーキュリー”戦で、勝利を獲得する。
チームメイトはそれぞれ問題を抱えていた。クルーズの場合は麻薬の売人。まず驚いたのは、アメリカの若者の自堕落な姿。規律を一方的な強制だと否定し、流れるままに身を落としていく。……日本の若者も無関係ではない。
クルーズはチームを抜けた一人だった。
勝利に喜ぶチームメイトを見たクルーズは、チームに戻りたいと思うようになっていた。
クルーズはカーターに謝り、再びチームに戻れるようお願いする。
カーターは厳しく「ならば金曜日までに腕立て2500回とダッシュ1000本だ」と条件をつける。
やがて金曜日になるが、クルーズはカーターの課した条件を達成できなかった。
すると、チームメイトが協力を申し出た。
「彼の分を、自分たちでやる」と。
「そこまで強引な指導する必要は……」とあらすじを見て思ったが、相手はそれ以上にやる気なしの集団。これが自由主義なのか、と思ってしまった。
それ以後も、カーターのチームは順調に連戦連勝を続けていく。
しかし、学業の面がまったく守られていなかった。大半が成績不良、出席日数不足だった。
カーターは部員たちが要求する成績を達成できるまで体育館を閉鎖にし、試合も中止にさせる。
生徒の忍耐力のなさに驚いたが、保護者の責任能力のなさにも驚かされた。体育館閉鎖のシーンでは「教育者としての能力が疑われる。閉鎖をやめるべきだ」と自分たちのやる気のなさを言い訳。日教組はアメリカ生まれなのだろか?
わかりやすい青春スポーツ・ムービーだ。
難しく構える必要はどこにもない。
ストーリーに見る者を動揺させたり、不安がらせる要素は全くない。最後には期待通りのエンディングが待っている。実に行儀のいいエンターティンメントだ。
見る者も、単純に物語の感情に身を委ねればいいだろう。
映画記事一覧
作品データ
監督:トーマス・カーター
出演:サミュエル・L・ジャクソン リック・ゴンザレス
〇〇〇ロブ・ブラウン ロバート・リチャード
〇〇〇アシャンティ アントウォン・タナー
■2009/09/26 (Sat)
映画:外国映画■
ルワンダの首都キガリには、ツチ族とフツ族による深い対立があった。
とくにフツ族は、ツチ族に対する深い怒りを恨みを抱えていた。
フツ族たちは、自らラジオ番組を持ち「奴らは人殺しだ!」と人々を煽り立てていた。
ポールはツチ族に賄賂を贈って穏便に済ませていた。あくまでもビジネスのためであり、両族を巡る問題にそこまで関心を持っているわけではない。
主人公であるポール・ルセサバギナはフツ族だった。
ポールは、ホテルの支配人として両方に折り合いをつけて生活をしていた。
時に、関係を円満に進めるために、フツ族や兵士に賄賂を贈ることもあった。
フツ族はラジオで呼びかけ、過激なデモを繰り返し、多くの人に「反ツチ族」感情を煽り立てていた。同時に武器を整え虐殺の準備を着々と進ませていた。国連は平和的解決を望んでいたが、その希望は潰える。
そんなルワンダにも平和の兆しがあった。ハビャリマナ大統領による和平協定だった。
この協定が結ばれれば、ツチ族とフツ族による対立は解消されるはずだった。
大統領が和平を結んだその日、あちこちで混乱が起きていた。大統領が暗殺されたのだ。フツ族が計画していた虐殺も、同時に始まる。ポールは隣人のツチ族が襲われ、殺されようとも無関心でいた。関わるべきではない、と。
しかし協定が結ばれようとしていたその日、大統領が暗殺される。
同時に、フツ族による大虐殺が始まった。
公然と銃を手に民家を押し入り、家に火をつけ、住人を撃ち殺す。
ホテルに到着するポール。翌日になると、多くのツチ族がホテルになだれ込んできた。ポールはそのすべてを「ホテルの客」として受け入れていく。間もなくホテルはフツ族に取り囲まれてしまう。ポールは国連に救助を求めるが……。
ポールは、家族を連れて、ホテルに戻ろうとしていた。ホテルに行けば国連の兵士たちが守ってくれるはずだった。
しかしその途上で、ポールはフツ族の兵士に止められてしまう。
ポールは、とっさに「10万フランで、彼らを見逃してくれ」と訴える。
国連の決定は「ホテルに滞在している白人だけ救助する」だった。避難しているツチ族は放置。ここでも白人優位主義の考えが見えてくる。物語はポールと白人記者のジャックの視点で描かれる。ジャックにはルワンダで起きている事件を世界に知らせようと色々手を尽くす。
ようやく到着したホテルだったが、次々と難民が集ってきた。そこに逃げ込めば国連の保護が得られる。誰もが助けを必要としていた。
ポールは彼ら難民を「ホテルの客」として受け入れていく。
ルワンダ虐殺は3ヶ月の間に80万人が殺されたとされている。虐殺にはラジオを聞いた民間人も参加し、充分な準備の上だが、中心的な武器といえば山刀である。やはり参加者の規模が多かったのだろう。
ホテル・ルワンダは娯楽映画だ。しかし、多くの問題とアフリカで起きている現実の一幕を提示している。
アフリカで起きている虐殺や民俗浄化。その一片を映画は描き出す。
その多くを知りながら、我々は無関心である。あるいは知っていても広く知らせようとしない。国連すら、深く関わろうとせず問題を放置してしまう。
映画『ホテル・ルワンダ』はそんな一端を知る、良き切っ掛けとなる映画だろう。
『ルワンダの涙』の記事へ
映画記事一覧
作品データ
監督:テリー・ジョージ
音楽:ルパート・グレグソン=ウィリアムズ アンドレア・グエラ
脚本:テリー・ジョージ ケア・ピアソン
出演:ドン・チードル ソフィー・オコネドー
〇〇〇ホアキン・フェニックス ニック・ノルティ
〇〇〇デズモンド・デュベ デヴィッド・オハラ
とくにフツ族は、ツチ族に対する深い怒りを恨みを抱えていた。
フツ族たちは、自らラジオ番組を持ち「奴らは人殺しだ!」と人々を煽り立てていた。
ポールはツチ族に賄賂を贈って穏便に済ませていた。あくまでもビジネスのためであり、両族を巡る問題にそこまで関心を持っているわけではない。
主人公であるポール・ルセサバギナはフツ族だった。
ポールは、ホテルの支配人として両方に折り合いをつけて生活をしていた。
時に、関係を円満に進めるために、フツ族や兵士に賄賂を贈ることもあった。
フツ族はラジオで呼びかけ、過激なデモを繰り返し、多くの人に「反ツチ族」感情を煽り立てていた。同時に武器を整え虐殺の準備を着々と進ませていた。国連は平和的解決を望んでいたが、その希望は潰える。
そんなルワンダにも平和の兆しがあった。ハビャリマナ大統領による和平協定だった。
この協定が結ばれれば、ツチ族とフツ族による対立は解消されるはずだった。
大統領が和平を結んだその日、あちこちで混乱が起きていた。大統領が暗殺されたのだ。フツ族が計画していた虐殺も、同時に始まる。ポールは隣人のツチ族が襲われ、殺されようとも無関心でいた。関わるべきではない、と。
しかし協定が結ばれようとしていたその日、大統領が暗殺される。
同時に、フツ族による大虐殺が始まった。
公然と銃を手に民家を押し入り、家に火をつけ、住人を撃ち殺す。
ホテルに到着するポール。翌日になると、多くのツチ族がホテルになだれ込んできた。ポールはそのすべてを「ホテルの客」として受け入れていく。間もなくホテルはフツ族に取り囲まれてしまう。ポールは国連に救助を求めるが……。
ポールは、家族を連れて、ホテルに戻ろうとしていた。ホテルに行けば国連の兵士たちが守ってくれるはずだった。
しかしその途上で、ポールはフツ族の兵士に止められてしまう。
ポールは、とっさに「10万フランで、彼らを見逃してくれ」と訴える。
国連の決定は「ホテルに滞在している白人だけ救助する」だった。避難しているツチ族は放置。ここでも白人優位主義の考えが見えてくる。物語はポールと白人記者のジャックの視点で描かれる。ジャックにはルワンダで起きている事件を世界に知らせようと色々手を尽くす。
ようやく到着したホテルだったが、次々と難民が集ってきた。そこに逃げ込めば国連の保護が得られる。誰もが助けを必要としていた。
ポールは彼ら難民を「ホテルの客」として受け入れていく。
ルワンダ虐殺は3ヶ月の間に80万人が殺されたとされている。虐殺にはラジオを聞いた民間人も参加し、充分な準備の上だが、中心的な武器といえば山刀である。やはり参加者の規模が多かったのだろう。
ホテル・ルワンダは娯楽映画だ。しかし、多くの問題とアフリカで起きている現実の一幕を提示している。
アフリカで起きている虐殺や民俗浄化。その一片を映画は描き出す。
その多くを知りながら、我々は無関心である。あるいは知っていても広く知らせようとしない。国連すら、深く関わろうとせず問題を放置してしまう。
映画『ホテル・ルワンダ』はそんな一端を知る、良き切っ掛けとなる映画だろう。
『ルワンダの涙』の記事へ
映画記事一覧
作品データ
監督:テリー・ジョージ
音楽:ルパート・グレグソン=ウィリアムズ アンドレア・グエラ
脚本:テリー・ジョージ ケア・ピアソン
出演:ドン・チードル ソフィー・オコネドー
〇〇〇ホアキン・フェニックス ニック・ノルティ
〇〇〇デズモンド・デュベ デヴィッド・オハラ
■2009/09/26 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
7
真っ暗だった。
暗闇がすべてを覆っていて、自分がどこに立っていて、どこを向いているのかもわからなかった。そうすると身体の感覚は失われて、ぼんやりとした闇にすーっと溶けていくようだった。
〇かーごーめー
〇〇〇かーごーめー……
女の子の歌声が聞こえた。歌声は細く伸びきって、闇に消え入りそうだった。
私は歌声の主を探した。不安が私を取り巻いていて、女の子の歌声にすがるような気持ちだった。
〇かーごのなーかのとーりはー……
女の子は、すぐ側にいた。幼稚園くらいの小さな女の子だった。
私は女の子を同じ目の高さで見ていた。つまり、私も幼稚園くらいの女の子になっていたのだ。
〇とーなーりーのばーんーにー……
私は女の子に声をかけようとしていた。でも言葉を封じられたように、どんなに頑張っても私の喉から声は出なかった。それ以前に、私は私の身体を捕まえることができなかった。
〇うしろのしょーめんだぁーれだ
女の子が振り返った。可符香の顔だった。でも可符香が見ていたのは私ではなった。私の後を、楽しげな笑顔で指をさしていた。
私は背後に、気配を感じた。背中に撫でられるような感触があって、私に振り向くように誘っているようだった。
振り向いてはいけない。
でも私は、強い好奇心に捉われていた。見てはいけないという直感とは裏腹に、私は振り向きたいという衝動をとどめられなかった。
振り向いた。そこに、高校生の風浦可符香がいた。でも可符香は逆さまだった。下の暗闇からロープが伸びて、可符香の首に絡み付いていた。
可符香は苦しげに歪んだ表情のまま凍りついていた。目は大きく開かれて瞳に生命はなく、舌は空気を求めるように突き出ている。何もかもが逆さまなのに、可符香の髪の毛と服だけが、下方向に垂れ下がっていた。
可符香の死んだ目が動いた。赤い瞳に、裸の私が映っていた。舌を突き出した口が歪み、にやりと笑うように吊り上げた。
私はそこで目を覚ました。布団をはねのけて、飛び上がるように上体を起こす。
心臓が脈打つ感覚をはっきりと感じた。息が苦しくて、ぜいぜいと空気を求めた。
目を見開いた瞬間に意識は覚醒していたけど、私の心は夢の中に置き去りにされていた。不安が私を取り巻いていた。暗闇が渦を巻いて、私に流れ込んでくる錯覚を感じた。
私は困惑しながら、意識を際立たせて、そこがどこなのか確かめようとした。糸色先生の借家だった。二間続く居間に、布団が一杯に並んでいる。私の左隣に、まといが眠っていた。右隣にはあびるが眠っていた。みんな浴衣姿だった。辺りは静かで、みんなの寝息が一杯に満たされていた。
明かりが欲しかったけど、みんなを目覚めさせてはいけない。私は胸を両掌で押さえ、目をつむった。祈りを唱えるように、自分に落ち着けと言い聞かせようとした。
ふと暗闇に気配を感じた。私は祈りを打ち切られたような思いで顔をあげた。
襖が全開にされていた。廊下の雨戸も全開にされていて、そこに月の青い光が廊下に落ちていた。その廊下に、影法師のような気配が佇んでいた。
私は一瞬、胸の鼓動が感じられなくなった。男爵だと思っていた。でもそこにいたのは、糸色先生だった。糸色先生は廊下で気楽そうに姿勢を崩して座り、夜の風を浴びていた。
「日塔さんですか。眠ったほうがいいですよ」
糸色先生が私に気付いて振り返った。表情は暗く落ちていて、輪郭線に青い光が当っていた。
「……はい」
私は返事を返すけど、憂鬱にうつむいた。
「まだ、恐いのですか?」
糸色先生が私の気持ちを探るように、少し声を抑えて訊ねた。
私は返事の代わりに、うつむいたまま小さく頷いた。
「それでは少し話でもしましょう。恐い気持ちも鎮まりますから。さあ、こちらへ」
糸色先生のシルエットが動いた。手招きしているようだった。
私は体を起こし、糸色先生の側へ向かった。足元がふらふらする感じで、眠っている女の子を踏んでしまわないように、慎重に月の明かりを探りながら進んだ。
廊下へ行くと、糸色先生の顔が淡い光に浮かぶのが見えた。眼鏡を掛けていなかった。
私は糸色先生の側へ行き、姿勢を崩して静かに座った。でも言葉を交わさなかった。夜の涼しい風を感じた。今さらだけど体が熱を持っているのに気付いた。
「夜の風が気持ちいですね」
糸色先生が心地良さそうな声で呟いた。
「先生は、何をしていたんですか?」
私は糸色先生を見上げて訊ねた。糸色先生の鋭角的に切り取られた輪郭線が見えた。いつもより柔らかく輝いているように思えた。
「これまでに聞いた情報を整理していました。まだ私の頭の中で全てが繋がったわけではありませんし、欠落している部分もたくさんあります。明日の予定も立てる必要がありますしね」
糸色先生が目を開けて、小さな庭を見詰めた。眼差しに、いつもにはない強い意思が感じられた。
「考えて、どうにかなるんですか?」
私はうつむいて、消極的な意見を示した。
「男爵は冷酷な男ですが、ゲームには絶対のフェアプレイを求めます。ゲームマスターは男爵ですから、一見すると、こちらが不利のように設定されているように見えます。ですが、必ずどこかに抵抗の手段が残されているはずです。男爵はそういう男です」
糸色先生の言葉は落ち着いていて、それでいて強い気持ちが現れていた。
でも私は、希望を見出せなかった。心をどんよりと黒いものがとぐろを巻いていて、それがあらゆる肯定的な光を飲み込んでいくような気がした。
「日塔さん、大丈夫ですか?」
糸色先生が気遣わしげな声をかけてきた。
「先生……。可符香ちゃん、帰ってきますよね」
私は顔を上げて、糸色先生の顔を見詰めた。
「ええ。必ず取り戻します。でも、私が訊ねたのはあなた自身についてです。大丈夫ですか。恐くありませんか?」
糸色先生は体ごと私に向けて、視線を返してきた。
「……先生。私、先生の側にいますよね。なんだか私、まだ体半分が男爵の側にいるような気がするんです。あの地下の部屋で、男爵に捉われているような気がするんです。ねえ、先生。私、ここにいますよね。先生の側に、いますよね」
私は引き込まれるように糸色先生の黒い瞳を見詰めていた。私の沈黙していた感情が、小波のように押し迫ってきて、気持ちが高ぶっていくのを感じた。知らない間に、私は糸色先生にすがり付こうと手を伸ばしていた。
糸色先生が私の手を掴んだ。私ははっとして、体をこわばらせていた。
「気持ちを静かに。明日、決着をつけます。風浦さんと一緒に、あなたを男爵から救い出します」
糸色先生は静かな決意を込めて言うと、私をその胸に引きこんだ。
私は糸色先生の体に自分を預けた。糸色先生の胸は意外に大きく、暖かなぬくもりがあるように思えた。糸色先生の胸があまりにも心地よくて、私はまどろみに吸い込まれていくのを感じた。
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P066 第6章 異端の少女
7
真っ暗だった。
暗闇がすべてを覆っていて、自分がどこに立っていて、どこを向いているのかもわからなかった。そうすると身体の感覚は失われて、ぼんやりとした闇にすーっと溶けていくようだった。
〇かーごーめー
〇〇〇かーごーめー……
女の子の歌声が聞こえた。歌声は細く伸びきって、闇に消え入りそうだった。
私は歌声の主を探した。不安が私を取り巻いていて、女の子の歌声にすがるような気持ちだった。
〇かーごのなーかのとーりはー……
女の子は、すぐ側にいた。幼稚園くらいの小さな女の子だった。
私は女の子を同じ目の高さで見ていた。つまり、私も幼稚園くらいの女の子になっていたのだ。
〇とーなーりーのばーんーにー……
私は女の子に声をかけようとしていた。でも言葉を封じられたように、どんなに頑張っても私の喉から声は出なかった。それ以前に、私は私の身体を捕まえることができなかった。
〇うしろのしょーめんだぁーれだ
女の子が振り返った。可符香の顔だった。でも可符香が見ていたのは私ではなった。私の後を、楽しげな笑顔で指をさしていた。
私は背後に、気配を感じた。背中に撫でられるような感触があって、私に振り向くように誘っているようだった。
振り向いてはいけない。
でも私は、強い好奇心に捉われていた。見てはいけないという直感とは裏腹に、私は振り向きたいという衝動をとどめられなかった。
振り向いた。そこに、高校生の風浦可符香がいた。でも可符香は逆さまだった。下の暗闇からロープが伸びて、可符香の首に絡み付いていた。
可符香は苦しげに歪んだ表情のまま凍りついていた。目は大きく開かれて瞳に生命はなく、舌は空気を求めるように突き出ている。何もかもが逆さまなのに、可符香の髪の毛と服だけが、下方向に垂れ下がっていた。
可符香の死んだ目が動いた。赤い瞳に、裸の私が映っていた。舌を突き出した口が歪み、にやりと笑うように吊り上げた。
私はそこで目を覚ました。布団をはねのけて、飛び上がるように上体を起こす。
心臓が脈打つ感覚をはっきりと感じた。息が苦しくて、ぜいぜいと空気を求めた。
目を見開いた瞬間に意識は覚醒していたけど、私の心は夢の中に置き去りにされていた。不安が私を取り巻いていた。暗闇が渦を巻いて、私に流れ込んでくる錯覚を感じた。
私は困惑しながら、意識を際立たせて、そこがどこなのか確かめようとした。糸色先生の借家だった。二間続く居間に、布団が一杯に並んでいる。私の左隣に、まといが眠っていた。右隣にはあびるが眠っていた。みんな浴衣姿だった。辺りは静かで、みんなの寝息が一杯に満たされていた。
明かりが欲しかったけど、みんなを目覚めさせてはいけない。私は胸を両掌で押さえ、目をつむった。祈りを唱えるように、自分に落ち着けと言い聞かせようとした。
ふと暗闇に気配を感じた。私は祈りを打ち切られたような思いで顔をあげた。
襖が全開にされていた。廊下の雨戸も全開にされていて、そこに月の青い光が廊下に落ちていた。その廊下に、影法師のような気配が佇んでいた。
私は一瞬、胸の鼓動が感じられなくなった。男爵だと思っていた。でもそこにいたのは、糸色先生だった。糸色先生は廊下で気楽そうに姿勢を崩して座り、夜の風を浴びていた。
「日塔さんですか。眠ったほうがいいですよ」
糸色先生が私に気付いて振り返った。表情は暗く落ちていて、輪郭線に青い光が当っていた。
「……はい」
私は返事を返すけど、憂鬱にうつむいた。
「まだ、恐いのですか?」
糸色先生が私の気持ちを探るように、少し声を抑えて訊ねた。
私は返事の代わりに、うつむいたまま小さく頷いた。
「それでは少し話でもしましょう。恐い気持ちも鎮まりますから。さあ、こちらへ」
糸色先生のシルエットが動いた。手招きしているようだった。
私は体を起こし、糸色先生の側へ向かった。足元がふらふらする感じで、眠っている女の子を踏んでしまわないように、慎重に月の明かりを探りながら進んだ。
廊下へ行くと、糸色先生の顔が淡い光に浮かぶのが見えた。眼鏡を掛けていなかった。
私は糸色先生の側へ行き、姿勢を崩して静かに座った。でも言葉を交わさなかった。夜の涼しい風を感じた。今さらだけど体が熱を持っているのに気付いた。
「夜の風が気持ちいですね」
糸色先生が心地良さそうな声で呟いた。
「先生は、何をしていたんですか?」
私は糸色先生を見上げて訊ねた。糸色先生の鋭角的に切り取られた輪郭線が見えた。いつもより柔らかく輝いているように思えた。
「これまでに聞いた情報を整理していました。まだ私の頭の中で全てが繋がったわけではありませんし、欠落している部分もたくさんあります。明日の予定も立てる必要がありますしね」
糸色先生が目を開けて、小さな庭を見詰めた。眼差しに、いつもにはない強い意思が感じられた。
「考えて、どうにかなるんですか?」
私はうつむいて、消極的な意見を示した。
「男爵は冷酷な男ですが、ゲームには絶対のフェアプレイを求めます。ゲームマスターは男爵ですから、一見すると、こちらが不利のように設定されているように見えます。ですが、必ずどこかに抵抗の手段が残されているはずです。男爵はそういう男です」
糸色先生の言葉は落ち着いていて、それでいて強い気持ちが現れていた。
でも私は、希望を見出せなかった。心をどんよりと黒いものがとぐろを巻いていて、それがあらゆる肯定的な光を飲み込んでいくような気がした。
「日塔さん、大丈夫ですか?」
糸色先生が気遣わしげな声をかけてきた。
「先生……。可符香ちゃん、帰ってきますよね」
私は顔を上げて、糸色先生の顔を見詰めた。
「ええ。必ず取り戻します。でも、私が訊ねたのはあなた自身についてです。大丈夫ですか。恐くありませんか?」
糸色先生は体ごと私に向けて、視線を返してきた。
「……先生。私、先生の側にいますよね。なんだか私、まだ体半分が男爵の側にいるような気がするんです。あの地下の部屋で、男爵に捉われているような気がするんです。ねえ、先生。私、ここにいますよね。先生の側に、いますよね」
私は引き込まれるように糸色先生の黒い瞳を見詰めていた。私の沈黙していた感情が、小波のように押し迫ってきて、気持ちが高ぶっていくのを感じた。知らない間に、私は糸色先生にすがり付こうと手を伸ばしていた。
糸色先生が私の手を掴んだ。私ははっとして、体をこわばらせていた。
「気持ちを静かに。明日、決着をつけます。風浦さんと一緒に、あなたを男爵から救い出します」
糸色先生は静かな決意を込めて言うと、私をその胸に引きこんだ。
私は糸色先生の体に自分を預けた。糸色先生の胸は意外に大きく、暖かなぬくもりがあるように思えた。糸色先生の胸があまりにも心地よくて、私はまどろみに吸い込まれていくのを感じた。
次回 P067 第6章 異端の少女8 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次