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■2009/10/04 (Sun)
シリーズアニメ■
#1 電撃使い(エレクトロマスター)&作品解説
男は路地裏に逃げ込んだ。白井黒子はその後を追って、路地裏に飛び込んでいく。
「くそっ! ついてねえな。いったい何なんだ、あいつは……」
男は走りながらぼやいた。
白井は男を追って走り、その背中を目視範囲に収めた。
男が追跡者を確かめようと後ろを振り向く。白井はそのタイミングに合わせて、空間を跳躍した。
男の顔が一瞬はっとした。白井は男の前に出現した。男がもう一度驚愕を浮かべた。
白井は男の足を払い、地面に転がせた。すぐにその背中にのしかかり、腕を後ろに捻る。
「ジャッジメントです。通報にあった暴漢というのは、あなたですわね」
白井は慌てふためく男の姿を見て、にやりと笑った。手錠を引っ張り出し、男の腕を近くのパイプ管と繋ぐ。
標的は男一人だけではない。白井は残りの数人を探して走った。
「こちら白井黒子。犯人の一人を確保。初春、残りの野蛮人どもはどこですの?」
白井は走りながら情報を求めた。
「その路地の突き当りを左へ。5メートル先をさらに左です」
すぐに応答が返ってきた。おっとりしている声だけど、的確なナビゲーターだ。
白井は次の角を左へ曲がった。ナビゲーションどおり、確かに左へ折れる道があった。
白井はその向うに飛び出して、右袖につけた腕章の盾の紋章を見せた。
「ジャッジメントですの! 通報を受けてまいりました。どうぞ大人しくお縄を……て、これって?」
威勢のいい口上で決めようとしたが、すぐに異変に気付いた。
狭い路地に、男達がぼろぼろに力尽きて倒れていた。その体が軽く焦げて煙を噴き上げている。路地全体も、煤けたように黒い色を浮かべ、硫黄の臭いが全体を満たしていた。そんな陰惨な地獄絵図の中に、ただ一人、平然と立っている少女がいた。
「……ああ、黒子」
少女がはっと白井を振り返った。しかし白井だと気付いて、緊張を解いた。
「お姉さま!」
白井は茫然とした声をあげた。
御坂美琴――この学園都市にたった7人しかいない最強の能力者。常盤台中の超電磁砲(レールガン)と呼ばれる少女だった。
物語の前半は、独創的に練り上げた背景世界の説明に消費される。
その都市は、近代技術の力によって高度に発達した学園都市である。総人口は230万人、そのうち、8割が学生で占められている。
その学校では通常の授業に加えて、能力開発と呼ばれる特殊な授業がある。舞台となる学園都市に通う学生たちは、皆なんらかの特殊能力を持ち、定期的な身体検査(システムスキャン)によってその能力が推し量られる。能力によってランク付けもされおり、「無能力者(レベル0)」「低能力(レベル1)」「異能力(レベル2)」「強能力(レベル3)」「大能力(レベル4)」「超能力(レベル5)」の5つに分類される。
白井黒子はテレポーターでレベル4(大能力)
初春飾利はレベル1(低能力)だがどんな能力を持っているか不明。
佐天涙子は完全な無能力者。一般人である。
そして御坂美琴はレベル5のレールガンだ。
ちなみに学園都市には警察が存在せず、治安維持はジャッジメント(風紀委員)が独自に担当していた。白井黒子、初春飾利の二人は、ジャッジメントに所属する一員である。
アニメの後半に入り、物語は解説から本筋へと戻ってくる。学校を終えた白井黒子は、御坂美琴とともに喫茶店でくつろいでいた。
「私のファン?」
白井から話を聞いて、美琴はそれだけで重く溜め息を吐いた。
「ジャッジメント第177支部で、私のバックアップを担当してくれている子ですの。一度でいいからお姉さまにお会いしていた、ことあるごとに……」
白井はココアを啜りながら、美琴の様子を確かめた。美琴はうんざりしきった顔で、平坦なテーブルを見詰めていた。
「お姉さまが常日頃からファンの子からの無礼な振る舞いに閉口されているのは存じておりますわ。けれど、初春は分別をわきまえた、大人しい子。それに何より、私が認めた数少ない友人。ここは黒子に免じてひとつ。もちろん、お姉さまのストレスを最小限に抑えるべく、今日の予定は私がバッチリ……」
白井は長々と説明を続けて、学生鞄からメモ帳を引っ張り出した。
と御坂がメモ帳を奪い取った。白井があっと取り戻そうとするが、御坂は長い腕で白井を押し付けた。
「なになに……。初春を口実にしたお姉さまとのデートプラン。その1、ファミレスで親睦を深め、その2、ランジェリーショップ(勝負下着購入)、その3、アロマショップでショッピング(媚薬購入)。その4、初春駆除。その5、お姉さまとホテルへGO……。つまり、大人しくて分別のある友人を利用して自分の変態願望を叶えようと。読んでいるだけで、すんげぇストレス溜まるんだけど!」
御坂が怒りを浮かべて、白井の両頬をつまんだ。思い切り白井の顔を崩すくら両頬を引っ張ってそれからパチンッと元に戻した。
「……まあでも、黒子の友達じゃしょうがない、か」
その後で、御坂は背に体を預けて、諦めたように呟いた。
「お、お姉さま! お姉さまがそんなに黒子のことを思ってくださったなんて! 黒子はもう、どうにかなってしまいそう!」
白井が目の前からすっ姿を消した。あっと思う間もなく御坂の側に出現すると、御坂に抱きつき、頬ずりをはじめた。
「お、おい、やめろ……」
御坂は引き剥がそうとするが、白井はがっちりと御坂にすがり付いている。
ふと視線に気付いて振り返った。ガラス窓の向うに、頬を染めてじっと見ているセーラー服の女の子がいた。頭に花の飾りを乗せた、大人しそうな女の子だった。初春飾利だった。その側に、他人の振りして目を逸らそうとしている同じセーラー服の女の子がいた。佐天涙子だ。
こうして合流した四人は、親睦を深めようと街へと繰り出す。その途上で、一同は突然の銀行強盗に出くわす。ただちにジャッジメントとして出動する白井は、鮮やかに銀行強盗のうち2人を倒す。
しかし、残りの一人が子供を連れて逃走を図ろうとしていた。とっさに佐天が飛びついて、子供を救うが、犯人の蹴りが佐天の頬を直撃する。
その様を見て、御坂が飛び出した。白井を「ここからは私の個人的な喧嘩だから。悪いけど、手、出させてもらうわよ」と制する。犯人は車に乗り込み、御坂に突撃した。御坂は逃げもせず疾走する車の前に立ちはだかり、自らの能力、レールガンを発動した。激しい稲妻が走り、車が吹っ飛んだ。
一つの都市が舞台となっているが、実体として都市社会は学園の一部として描かれている。学園世界が社会世界へ延長されている構造だ。だから学生たちが社会の治安を維持しているわけである。
『とある科学の超電磁砲』の物語において、男性の影は薄い。第1話の段階で、役名をもった男性は一人も登場してこない。異能力を持った少女たちが中心となって物語が進行する。
男性の役割といえば、その女性を取り囲んで襲い掛かるか、社会の秩序を乱すか、そのどちらかでしかない。男性の直線の力は、高度に発達した文化的な都市社会においては、秩序を破壊するものでしかない。男性の力は都市社会の中で野放図に迸り、穏やかな丸みをもった都市の景観を破壊せんと暴走する。
男性の力に対して、女達は力だけでぶつからず、軽やかに受け流し、その力を挫いてしまう。男性の特徴である力は、秩序社会の中において発揮されるのは犯罪と暴力のみであり、その力は女性によって捻じ曲げられ封じられてしまう。男性は調和によって整えられた社会において、存在意義を発揮されないのだ。
『とある科学の超電磁砲』において社会を統治し、維持しているのは美しき少女たちである。いや男性が担うべき立場に、少女が当てはめられているのだ。あの少女たちは男性を女性化させた姿だ。
抑圧的に押し黙るか、その力を暴走させるしかない男性は、自身の存在に失望し、少女たちに憧れを抱く。美しく、自由に振舞い、楽しげな笑顔を浮かべて、躊躇なく消費に身を投じる。肉体的な憧れと性的な欲望も同時にそこに現れている。
だから『とある科学の超電磁砲』は少女たちが中心となって、可憐な姿を、時には艶やかに戦う姿が強調的に描かれる。男性の影は物語から排除され、少女たちだけによる戯れが描かれる。
現代男性の失望を隠そうともせずに描かれ、映像の中に刻印されたアニメである。しかしそこに陰鬱なものはなく、むしろ爽やかな明るさが全体を満たしている。
歩道は煉瓦敷きになっている。窓と空のブルー、煉瓦のレッドと空と地上でくっきりと色が切り分けられている。そのどちらにも温かみのある色調が使われ、落ち着きのある画面を作り出している。緻密に描かれる背景美術だが、それだけにパースの歪みが目につく。奥に向かうほど平面的に描かれているのも気になるところだ。
『とある科学の超電磁砲』はアニメーションにおいて一大ジャンルを形成する学園ものの形式を踏襲している。この種のジャンルにおいては、学園ものという場所をいかに異空間として再解釈するか、そこに魅力を見出せるかに全てがかかっている。
『とある科学の超電磁砲』においては超能力というオカルト的な色彩があるものの、超科学的な法則性が与えられ、学園世界の風景に取り込まれている。解説が多く、物語の進行がしばしば停止して解説の時間に取られがちなのが気になるところだ。
だが一つ一つのデザインがよく練りこまれている。観察で描写された実景と独自に作られたデザインとがうまく組み合わされ、異世界的空気が演出されている。その中を活躍する少女たちの楽しげな表情の移り変わりを見ていると、解説の退屈さを感じない。物語以上に、作品のデザイン部分に魅力を感じる作品だ。
どの場面も描写がよく練りこまれているが、多すぎる線の圧迫感を色彩がうまく緩和している。おそらくはそんな都市を中心とした、少女たちのおだやかな日常が中心となるのだろう。少女たちの日常と進展を目的としない対話に付き合う余裕があれば見続けたい作品だ。
作品データ
監督:長井龍雪
原作:鎌池和馬+冬川基 キャラクター原案:灰村キヨタカ
キャラクターデザイン:田中雄一 プロップデザイン:阿部望
シリーズ構成:水上清資 美術監督:黒田友範 色彩設計:安藤智美
撮影監督:福世晋吾 編集:西山茂 音響監督:明田川仁
音楽:I’ve sound/井上舞子 音楽プロデューサー:西村潤
〇オープニングテーマ「only my railgun」
作詞:八木沼悟志/yuki-ka 作曲・編曲/八木沼悟志 歌:fripSide
アニメーション制作:J.C.STAFF
出演:佐藤利奈 新井里美 豊崎愛生 伊藤かな恵
〇〇〇寿美奈子 遠藤綾 瀬戸さおり 田中晶子 関山美沙紀
〇〇〇大原崇 興津和幸 間宮康弘 橘田いずみ
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■2009/10/04 (Sun)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
4
赤木杏が客間から出て行った。部屋を取り囲む空気が、入れ替わる感じがあった。もう始めにあった、ざわざわする感じはない。
「これで、事件は解決ですか」
千里の左隣に座っていた藤吉が、少し身を乗り出させた。でも藤吉の言葉に、続きを予感するような緊張が取り付いていた。藤吉はスツールに座っていた。スツールは唐草模様の装飾が施され、足が曲線を描いていた。高級そうなスツールだった。
「いいえ。私が明らかにしたのは事件の一断片です。だって、蘭京太郎殺害の件が未解決のままでしょう。うちの生徒が4人も殺されているんですから。この事件を解決しないかぎり、男爵は明日にでも新しい手を打ってくるでしょう。“彼”を封じないかぎり、男爵の挑戦は永続的に続きます」
糸色先生は新しい問題を提起するように、私たちに宣言をした。
「蘭京さん、殺されていたんですか?」
千里が戸惑うように糸色先生に尋ねた。私だけでなく、全員が思ったはずだ。失踪したはずの蘭京太郎。それが死亡していた。しかも殺されていたなんて、初耳だ。
「ええ。蘭京太郎は殺されています。しかしそのおかげで、私は“彼”を告発し、男爵の計画を挫くことができるのです」
糸色先生が千里に頷き、男爵を振り向いた。
「いったい誰ですか? 蘭京さんを殺したのって」
私は言葉の調子を落として訊ねた。聞くのが少し恐い気がした。
糸色先生が頷き、あまりにも意外な人物を振り向いた。
「それはあなたですよ、時田」
糸色先生が振り向き、指をさしたのは、時田だった。
私たちはみんなで時田を振り返った。時田は私の後ろの空間に、執事らしく慎ましく立っていた。糸色先生に指をさされても、時田は表情をぴくりとも動かさず、閉じているように見える目で糸色先生を見詰め返していた。
「……いえ、時田ではありませんね。遠藤喜一。皆さんにとって、遠藤喜一の名前は初めて聞く名前でしょう。しかし、重要なのは彼の本当の名前ではありません。私たちはそもそもからいって、事件の背景にいるもう一人の何者かを予感せねばなりませんでした。しかもその人物は、我々の中に巧妙に紛れ込み、私や皆さんの知らない空白の時間の中で、あらゆる工作を行っていた。それが可能だった人物。それがあなた。時田に変装した、遠藤喜一だったのです」
糸色先生は時田に宣告するように、冷たく言い放った。
「先生、どういうことですか。時田さんが犯人だなんて」
私は動揺して首を振り、糸色先生に身を乗り出させた。間違いなら、今なら訂正できる。いや、むしろ間違いでしたと言って欲しかった。
「いえ、だから時田ではありません。偽者ですよ」
糸色先生は私を振り返って、落ち着いた声で訂正した。糸色先生の表情に迷いはない。そんな顔を見ても、私はまだ困惑から解放されなかった。
「理由が必要なようだね。君は幼少時代から面倒を見てもらっている男を告発しようとしている。少女たちの顔を見たまえ。すっかり動揺しているではないか。間違いなら、今だけチャンスを与えよう。どうしてあの時田が偽物であり、蘭京太郎という男を殺す必要があったのか。説明してもらえるかな」
男爵が挑みかけるように低い声で問いかけた。
「お気遣いを感謝します。しかし結構です。訂正の必要はありません。すべてお話しましょう」
糸色先生が男爵に視線と言葉を返した。私は戦いの始まりを予感していた。
次回 P075 第7章 幻想の解体5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P074 第7章 幻想の解体
4
赤木杏が客間から出て行った。部屋を取り囲む空気が、入れ替わる感じがあった。もう始めにあった、ざわざわする感じはない。
「これで、事件は解決ですか」
千里の左隣に座っていた藤吉が、少し身を乗り出させた。でも藤吉の言葉に、続きを予感するような緊張が取り付いていた。藤吉はスツールに座っていた。スツールは唐草模様の装飾が施され、足が曲線を描いていた。高級そうなスツールだった。
「いいえ。私が明らかにしたのは事件の一断片です。だって、蘭京太郎殺害の件が未解決のままでしょう。うちの生徒が4人も殺されているんですから。この事件を解決しないかぎり、男爵は明日にでも新しい手を打ってくるでしょう。“彼”を封じないかぎり、男爵の挑戦は永続的に続きます」
糸色先生は新しい問題を提起するように、私たちに宣言をした。
「蘭京さん、殺されていたんですか?」
千里が戸惑うように糸色先生に尋ねた。私だけでなく、全員が思ったはずだ。失踪したはずの蘭京太郎。それが死亡していた。しかも殺されていたなんて、初耳だ。
「ええ。蘭京太郎は殺されています。しかしそのおかげで、私は“彼”を告発し、男爵の計画を挫くことができるのです」
糸色先生が千里に頷き、男爵を振り向いた。
「いったい誰ですか? 蘭京さんを殺したのって」
私は言葉の調子を落として訊ねた。聞くのが少し恐い気がした。
糸色先生が頷き、あまりにも意外な人物を振り向いた。
「それはあなたですよ、時田」
糸色先生が振り向き、指をさしたのは、時田だった。
私たちはみんなで時田を振り返った。時田は私の後ろの空間に、執事らしく慎ましく立っていた。糸色先生に指をさされても、時田は表情をぴくりとも動かさず、閉じているように見える目で糸色先生を見詰め返していた。
「……いえ、時田ではありませんね。遠藤喜一。皆さんにとって、遠藤喜一の名前は初めて聞く名前でしょう。しかし、重要なのは彼の本当の名前ではありません。私たちはそもそもからいって、事件の背景にいるもう一人の何者かを予感せねばなりませんでした。しかもその人物は、我々の中に巧妙に紛れ込み、私や皆さんの知らない空白の時間の中で、あらゆる工作を行っていた。それが可能だった人物。それがあなた。時田に変装した、遠藤喜一だったのです」
糸色先生は時田に宣告するように、冷たく言い放った。
「先生、どういうことですか。時田さんが犯人だなんて」
私は動揺して首を振り、糸色先生に身を乗り出させた。間違いなら、今なら訂正できる。いや、むしろ間違いでしたと言って欲しかった。
「いえ、だから時田ではありません。偽者ですよ」
糸色先生は私を振り返って、落ち着いた声で訂正した。糸色先生の表情に迷いはない。そんな顔を見ても、私はまだ困惑から解放されなかった。
「理由が必要なようだね。君は幼少時代から面倒を見てもらっている男を告発しようとしている。少女たちの顔を見たまえ。すっかり動揺しているではないか。間違いなら、今だけチャンスを与えよう。どうしてあの時田が偽物であり、蘭京太郎という男を殺す必要があったのか。説明してもらえるかな」
男爵が挑みかけるように低い声で問いかけた。
「お気遣いを感謝します。しかし結構です。訂正の必要はありません。すべてお話しましょう」
糸色先生が男爵に視線と言葉を返した。私は戦いの始まりを予感していた。
次回 P075 第7章 幻想の解体5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/10/03 (Sat)
映画:外国映画■
そこは、“神の街”と呼ばれる場所だった。
貧しい街で、子供たちは銃を手に強盗の日々を過ごしていた。そんなある日、少年の一人、リトル・ダイスがモーテル強盗を思いつく。
少年たちはモーテル強盗を成功させるが、これを切っ掛けに警察の手が回ってしまう。少年強盗団は、この一件で壊滅したかに思えた。
ただ一つ、リトル・ダイスが行方不明のまま……。
10年後。街に、リトル・ダイスが戻ってきた。
リトル・ダイスは容赦のない暴力で、またたく間に街の支配者になる。リトル・ダイスの統率によって、街は、図らずも平穏を取り戻すことになった。
しかし、それは次なる抗争の切っ掛けであった。
無味乾燥な新興公営住宅外。いったい誰がそこを“神の街”と名付けたのだろう。理想なき住宅計画は、いつしか荒廃したスラムへ。更正不能の悪ガキどもの巣窟となる。こんな街では、警察は拳銃携行、ヘルメット装着は当り前だ。
映画は、少年達が暴力に飲み込まれていく様子を、独特のカットセンスで描いてく。
全体を通してリズム感があり、暴力にすらユーモアがあり、引きこまれるものがある。凄惨な暴力描写が多く、いつの間にかあらゆる暴力が“ただの行為”として受け入れている我々がいる。
左は18歳にしてギャングのボスの座に就いたリトル・ダイス。18歳とは思えないコワモテ。ギャングたちはほとんどが未成年。中には右のような年端のいかない子供もいる。リトル・ダイスは、子供に銃を持たせて「人を殺してみろ」と勧める。この街では、こんな背徳行為も普通の光景なのだ。
“神の街”は荒廃した街だ。
少年たちは、未来に希望がなく、日々過ぎていく日常にも意義を見出せない。そんな少年たちを活気付かせるものはただ一つ。殺人と強盗だった。
手段を選ばず、ただ金を得ること。あるいは金や品が手に入らなくても、暴れまわれる場所さえあればいい。その結果として、金がおまけのように手に入ればなおいい、といった具合だった。
“神の街”ではあらゆる労働に有意義は見出せない。どんな努力も報われず、一瞬の隙で何もかもが崩壊してしまう。だから少年たちにとって、暴力だけが唯一意義のあると思える行為だった。
退屈な日常は少年たちを無気力にさせ、刺激を求め不法行為に導こうとする。映画の語り手であるブスカペ(左)は「正直者はバカを見るだけ」と悪事に手を出そうとするが失敗する。本当に悪党になるには、資質がいるのだ。
子供にとって、完成された社会など、退屈以外の何物でもない。子供はどこまでも奔放で、秩序だった意識などはない。その上に残酷で、異常なほどに欲望とプライドが強い。
そんな子供の中でヒーローになれる奴は、いつの時代も決まっている。
一番力強くて、暴力的な奴だ。そんな奴が“気に入らない大人”を叩き壊してくれる、と期待が集る。
最悪の悪ガキはいつか街の統率者になる。
次に始まるのは、悪ガキ同士の殺し合いだ。大人たちがやったように、子供たちは同じやり方で同じ状況で殺し合いを始め、最後には自分達より若い子供に殺される。
“神の街”は子供たちに更正など望んでいない。腐敗した街は、住民に堕落と放蕩を望んでいる。
犯罪が日常的な街にとって、麻薬取引はやはり日常だ。
犯罪者が統率する街においては、犯罪は一種の事業となって、一般社会との結びつきを持ち始める。
そうして悪ガキどもが中心となる、一つの社会を形成するのだ。それは近代の都市が生んだ、もう一つの“蠅の王”だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:フェルナンド・メイレレス
原作:パウロ・リンス 脚本:ブラウリオ・マントヴァーニ
音楽:アントニオ・ピント エド・コルテス
出演:アレクサンドル・ロドリゲス アリシー・ブラガ
〇〇〇レアンドロ・フィルミノ・ダ・オラ セウ・ジョルジ
〇〇〇ドグラス・シルヴァ ダルラン・クーニャ
貧しい街で、子供たちは銃を手に強盗の日々を過ごしていた。そんなある日、少年の一人、リトル・ダイスがモーテル強盗を思いつく。
少年たちはモーテル強盗を成功させるが、これを切っ掛けに警察の手が回ってしまう。少年強盗団は、この一件で壊滅したかに思えた。
ただ一つ、リトル・ダイスが行方不明のまま……。
10年後。街に、リトル・ダイスが戻ってきた。
リトル・ダイスは容赦のない暴力で、またたく間に街の支配者になる。リトル・ダイスの統率によって、街は、図らずも平穏を取り戻すことになった。
しかし、それは次なる抗争の切っ掛けであった。
無味乾燥な新興公営住宅外。いったい誰がそこを“神の街”と名付けたのだろう。理想なき住宅計画は、いつしか荒廃したスラムへ。更正不能の悪ガキどもの巣窟となる。こんな街では、警察は拳銃携行、ヘルメット装着は当り前だ。
映画は、少年達が暴力に飲み込まれていく様子を、独特のカットセンスで描いてく。
全体を通してリズム感があり、暴力にすらユーモアがあり、引きこまれるものがある。凄惨な暴力描写が多く、いつの間にかあらゆる暴力が“ただの行為”として受け入れている我々がいる。
左は18歳にしてギャングのボスの座に就いたリトル・ダイス。18歳とは思えないコワモテ。ギャングたちはほとんどが未成年。中には右のような年端のいかない子供もいる。リトル・ダイスは、子供に銃を持たせて「人を殺してみろ」と勧める。この街では、こんな背徳行為も普通の光景なのだ。
“神の街”は荒廃した街だ。
少年たちは、未来に希望がなく、日々過ぎていく日常にも意義を見出せない。そんな少年たちを活気付かせるものはただ一つ。殺人と強盗だった。
手段を選ばず、ただ金を得ること。あるいは金や品が手に入らなくても、暴れまわれる場所さえあればいい。その結果として、金がおまけのように手に入ればなおいい、といった具合だった。
“神の街”ではあらゆる労働に有意義は見出せない。どんな努力も報われず、一瞬の隙で何もかもが崩壊してしまう。だから少年たちにとって、暴力だけが唯一意義のあると思える行為だった。
退屈な日常は少年たちを無気力にさせ、刺激を求め不法行為に導こうとする。映画の語り手であるブスカペ(左)は「正直者はバカを見るだけ」と悪事に手を出そうとするが失敗する。本当に悪党になるには、資質がいるのだ。
子供にとって、完成された社会など、退屈以外の何物でもない。子供はどこまでも奔放で、秩序だった意識などはない。その上に残酷で、異常なほどに欲望とプライドが強い。
そんな子供の中でヒーローになれる奴は、いつの時代も決まっている。
一番力強くて、暴力的な奴だ。そんな奴が“気に入らない大人”を叩き壊してくれる、と期待が集る。
最悪の悪ガキはいつか街の統率者になる。
次に始まるのは、悪ガキ同士の殺し合いだ。大人たちがやったように、子供たちは同じやり方で同じ状況で殺し合いを始め、最後には自分達より若い子供に殺される。
“神の街”は子供たちに更正など望んでいない。腐敗した街は、住民に堕落と放蕩を望んでいる。
犯罪が日常的な街にとって、麻薬取引はやはり日常だ。
犯罪者が統率する街においては、犯罪は一種の事業となって、一般社会との結びつきを持ち始める。
そうして悪ガキどもが中心となる、一つの社会を形成するのだ。それは近代の都市が生んだ、もう一つの“蠅の王”だ。
映画記事一覧
作品データ
監督:フェルナンド・メイレレス
原作:パウロ・リンス 脚本:ブラウリオ・マントヴァーニ
音楽:アントニオ・ピント エド・コルテス
出演:アレクサンドル・ロドリゲス アリシー・ブラガ
〇〇〇レアンドロ・フィルミノ・ダ・オラ セウ・ジョルジ
〇〇〇ドグラス・シルヴァ ダルラン・クーニャ
■2009/10/03 (Sat)
シリーズアニメ■
第1話 豹頭の仮面&作品解説
レムスとリンダの二人は、モンゴール軍の襲撃から逃れて、森を彷徨っていた。ルードの森と呼ばれるそこは、古来より死霊と魔物が跋扈すると言われている。森は深く、大木に蔦植物が絡みついている。頭上を鬱蒼とした木の葉が覆っている。夕暮れの光が、その向うからちらちらと落ちていた。
森の小道をモンゴールの騎馬隊が通り過ぎた。人の管理のない森だが、蹄が踏み固めた道がまっすぐに伸びていた。
レムスとリンダの二人は、大木の陰に隠れて兵士たちをやり過ごした。だが兵士たちは異変に気付き、戻ってきた。レムスとリンダは発見されてしまった。
走って逃げるレムスとリンダ。だが兵士たちは俊足だった。鬱蒼とした茂みを掻き分けて、レムスとリンダを追跡した。
間もなく、レムスが掴まってしまった。リンダははっとして振り返った。密林の影から次々と兵士たちが現われる。
リンダは兵士たちと毅然と向き合い、ナイフを抜いた。
「野蛮人。モンゴールの犬。お前たちなど、ヤヌスの雷が落ちて、黒焦げになってしまうがいい!」
リンダが呪いの言葉を呟いてナイフを振り上げた。
兵士が悠然とリンダに近付いてきた。リンダは兵士に向かってナイフを振り落とした。しかし、ナイフを持つ腕がつかまれてしまった。兵士の拳がリンダを叩く。リンダは衝撃に地面に崩れた。
「リンダ!」
レムスが悲鳴のような声をあげた。
「助けて。誰か……」
リンダは地面にうずくまったまま、震える声で呟いた。
その時、兵士がはっと一点を振り返った。リンダとレムスもその方向を振り向いた。
少し進んだところに小さな池があり、夕暮れの光で金色に輝いていた。その光を背にして、巨大な影がゆらりと立っていた。誰もが息を飲んで、巨人を見ていた。巨人は筋骨隆々の裸で、豹の頭を持っていた。
「化け物。ルードの悪魔だ」
兵士の一人が怯えた声をあげた。
「ええい、うろたえるな!」
隊長らしき男が叱咤し、剣を抜いた。剣の切っ先を向けて、豹頭の巨人に近付く。
突然、手刀が落ちた。兵士の仮面が掌の形に潰れて、その体が地面に埋ってしまった。
さらに豹頭の仮面が兵士を殴る。兵士の仮面が潰れて、中から血を吹き出させた。
全員が唖然とした。豹頭の男は問答無用で飛びついた。レムスを掴んでいた兵士に襲い掛かり、殴った。兵の体が数メートル背後に吹っ飛んだ。
別の兵士が剣を手に襲い掛かる。豹頭の巨人は身軽にかわし、強烈な蹴りで返した。兵士の体が崩れ、地面に倒れた。
兵士が一人だけ残された。残された兵士は、自分が最後の一人だと気付くと、剣を収めて回れ右して走った。
それを見送った直後、豹頭の男は膝をついた。
「……グイン」
豹頭の男は、気絶する瞬間そう呟いた。
『グイン・サーガ』は栗本薫による伝説的なファンタジー小説である。ギネスにこそ認定されなかったものの、間違いなく世界最長のファンタジー小説である。謎めいた豹頭の男を中心に、壮大にして壮絶な物語を繰り広げる。
残念ながら作者の死により完結されなかったが、今も熱烈に支持され、残された遺稿による続編が待ち望まれる作品である。
作品人気に関わらず、連載開始より30年間、映像化とは縁がなかった。複雑にして長大、壮大な世界観を映像化する方法がなかったからだあろう。だが2009年、我々は待望の映像化を見ることとなる。
『グイン・サーガ』の物語は1979年に始まり、以来30年間巻数を重ねてきた。正伝が128巻、外伝が21巻。シリーズ総合で149冊に及ぶ。しかし、2009年5月、原作者である栗本薫が膵臓癌のために死去。世界最長の物語は惜しくも未完で終ってしまった。正伝は130巻まで執筆されているとされ、発表が予定されている。
アニメ『グイン・サーガ』の物語はパロ王国の陥落から始まる。モンゴールの突然の襲撃により、王と王妃は殺害され、世継ぎであるレムスとリンダは古代機械の手を借りて脱出する。
だが送られた先は、モンゴール領であるルードの森だった。鬱蒼とした森で、夜になれば魑魅魍魎が出現し、生きた者を襲い掛かる呪われた場所である。そんな場所で逃亡生活を続けるレムスとリンダだったが、追跡のモンゴール兵士に追い詰められ、掴まってしまう。
そんな最中、突然現れる豹頭の男――グイン。
グインは剛腕でモンゴール兵士一個小隊を全滅させる。危機を脱したレムスとリンダだったが、グインが自分の名前と「アウラ」の名前以外、すべてを忘れてしまっていると知る。
やがて夜が訪れ、死霊グールがレムスたち三人を襲う。戦い、水の中に逃れた三人は、何とか朝を迎える。しかし待ち構えていたのは、モンゴールの兵士たちであった。
アニメーションの動きは、アニメのありがちなアクションをモンタージュ的に並べているだけだ。間を埋めるべきアクションが省略されている。それが大袈裟、大味な雰囲気を作り出し、カートゥーンアニメような雰囲気を出してしまっている。これは日本人が作った作品か?と疑いたくなる。
壮大な物語のプロローグである。何かが始まろうとするそんな予感と異変が全体に張り詰めている。没落する栄光の王国。記憶を失った謎の男の出現。次々と迫り来る戦い、冒険。
しかしアニメーションの演出は、原作の壮大さを支えるに至ってない。
高詳細に描かれたセル画は非常に密度が高く、一本一本に妥協はない。背景画も詳細に描かれ、異世界の独自的な様式を描き出している。キャラクター、背景いずれにしても圧倒するようなディティールで描きこまれている。
だがこの両者は、一切調和していない。キャラクターは背景画に溶け込まず、水と油のように分離して浮かび上がっている。繊細に塗りこまれた背景画に対して、キャラクターはべったり原色むき出しで塗られ、背景から浮かび上がる。
装飾過剰ぎみに描かれたキャラクターの衣装や装飾は、90年代初めに流行したファンタジーの様式をそのまま踏襲している。現代の技術で何もかもが鮮明になった分、キャラクターの絵画は背景画にも馴染まず、高詳細に作りこまれた世界イメージとも調和していない。キャラクターだけが絵画、世界を無視して華麗でしかも現代的に描かれすぎてしまっている。
映像の流れも、物語が持っている力を具現化しているとは言いがたい。
キャラクターの動きは直線的に動き、走り、飛ばし、そこにカット間の繋がりが意識されていない。ただ走るカットがあり、跳ぶカットがあり、その間にどんな動きがあるのか説明されていない。どのカットもカットで切り抜かれ、間にあるべきもっと繊細なキャラクターのアクションが省略されている。
勢いがあるが、強引としかいいようのない。壮大な演出に装飾されているが、実体としては何もかもがちぐはぐな紙芝居演劇でしかない。何か大きなものを仰々しくやってみようとして、空振りに終った印象だ。
高詳細に世界が描かれる一方で、キャラクターの演技空間が全く意識されていない。それが世界のイメージを小さくすぼめている。また、キャラクターのつくりも典型的なだけで学術的な考証が見えてこないのが個々の説得力を弱くさせてしまっている。
だが物語は始まったばかりである。アニメーションもまだ始まったばかりである。壮大かつ長大な物語の、まだプロローグに過ぎない、
このアニメーションが作り手の才能にどのような刺激を与え、変質し、成長していくか。壮大なドラマは物語の登場人物だけでなく、作り手に対しても大きな影響を与えるはずである。
『グイン・サーが』がどのように変質し、成長していくか。あらゆる可能性と余地はまだまだ残されているはずである。
作品データ
監督・絵コンテ・演出:若林厚史
原作:栗本薫
シリーズ構成:米村正二 キャラクター原案:皇なつき
キャラクターデザイン・総作画監督:村田峻治 コンセプトデザイン:大河広行
美術設定:松元浩樹 高橋武之 美術監督:東潤一 平柳悟
色彩設計:甲斐けいこ 篠原愛子 撮影監督:久保田淳
編集:岡祐司 助監督:ヤマトナオミチ
音響監督:明田川進 音楽:植松伸夫
アニメーション制作:サテライト
出演:堀内賢雄 中原麻衣 代永翼 内田夕夜
〇〇〇小形満 大原さやか 梅津秀行 樫井笙人
〇〇〇滝知史 金光宣明 御園行洋 宮坂俊蔵
〇〇〇利根健太郎 田中晶子 小幡記子
■2009/10/03 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
3
客間は沈黙していた。でもそこに漂う空気がざわざわとしていた。誰もが赤木杏を注目していた。私だけではなく、全員が赤木杏の表情と瞳の色が変わった瞬間を見ただろうと思う。赤木杏の体内で、何か劇的な変化が起きたのだ。
しかし、男爵だけがただ一人、冷静沈着な表情で佇んでいた。
「説明が抜けたようだな。なぜ、この少女が風浦可符香ではなく、赤木杏であると言えるのかね?」
男爵は両手を組み合わせて、そのうえに顎を乗せていた。
「簡単です。その少女、赤木杏さんはどこからどう見ても風浦可符香さんの双子です。他人でそこまで似ているなんて、ありえません。私は風浦可符香さんの本名を知りません。そこでヒントになったのが、日塔奈美さんの記憶です。日塔さんは幼稚園の頃、間違いなく風浦可符香さんに会ったと記憶していました。風浦さんは幼少時代、転居が多かったものの自分の通った幼稚園は全て記憶していました。それなのに、風浦さんは日塔さんの通った幼稚園に覚えがないと、とはっきり断言しました。これが意味している事実はただ一つ。日塔さんが幼稚園の頃に出会った少女は、風浦可符香さんそっくりの別人。つまり、双子の姉妹です。風浦さんは幼少時代、貧しい家庭環境を経験しています。そのせいで風浦さん姉妹は引き離されたのでしょう。それで、別々の幼稚園に通っていたのです。そこまで推測した私は、日塔さんの通った幼稚園に実際に行って来ました。過去の入園リストを探れば、すぐに見付かりましたね。年代もはっきりしていたし、確かに顔つきは風浦可符香さんそっくりでいた。名前は赤木杏。次に私は裁判所へ向かいました」
私は糸色先生の話を聞きながら、もう一つ別の考えを巡らせていた。一度は離れ離れになった風浦可符香と赤木杏。だけど、この屋敷で再会したのだ、と思う。だから、可符香は本当の名前を隠すようになったのだ。もっとも、赤木杏の記憶とともに、この屋敷で滞在した日々を封印してしまったのだけど。
糸色先生は長い説明を一旦区切って、サイドテーブルの上に置かれた旅行ケースを開けた。中から用紙を一枚引っ張り出して、テーブルの上に置いた。私たちは全員で身を乗り出して、用紙を見下ろした。
「……失踪届けか」
男爵は用紙をちらと見て、糸色先生を上目遣いにした。男爵の目に、今までより深い影が落ちていた。
「失踪者は7年以上失踪を続けると、死亡扱いにされます。赤木さんの失踪届けは10年前、あなたが逮捕された同じ年に提出されていました。それから、7年以上。赤木杏さんの失踪届けは死亡届にかわり、受理されていました。だから、赤木さんはすでに死亡していて、法的にこの世に存在しないことになっているんです。だから風浦さんそっくりの少女が罪を犯した場合、現場証拠に多少の矛盾があったとしても、殺人の罪は風浦さんが被ることになる。……男爵、大したものでしたね。あなたは自分の身辺に警察の手が及んだ時、真っ先にこの計画をスタートさせた。赤木さんの体に改造手術を施し、絶対に誰にも見付からない場所に隠した。もちろん、赤木さんは男爵の生徒として洗脳済みだし、周到に暗示催眠を掛けていました。だから、男爵の生徒リストの中に、赤木杏の名前は見つからなかった。計画を発動させた後、あなたは10年間、牢獄で大人しく待っていた。それは世間の関心が風化されるのを待ったためでありましたが、それ以上に、この失踪届けが効果を持つのを待っていたのでしょう。だけど、あなたの計画はこれでお終いです。すでに死亡届が受理されている失踪者でも、本人である確たる証拠があれば、死亡届、失踪届けともに無効になるんですよ」
糸色先生は畳み込みかけるように、男爵に言葉を突きつけた。
「いいのかね。この少女は君に暴行を加えている。君は自分の生徒を警察に突き出す真似はしたくない、と言ったね。同じ顔の別人であれば構わない、というのが君の美意識なのかね」
男爵の声は低く囁くように、客間の闇に漂うようだった。
「暴行? 何の話です? みなさん、あの少女が私になにか危害を加えたそうですが、ご存知の人はいますか?」
糸色先生はわざとらしくとぼけて、私たち全員を見回した。
「いいえ、なんのことやら、さっぱり」
タータンチェック模様の入った綿のシングルソファの上で、思い出すように宙を見上げた。糸色先生の右手前の位置だった。
「何かの間違いじゃないですか。私、ずっと先生と一緒でしたけど、そんな場面には出くわしていません。」
糸色先生の左手前の席で、千里がはっきりした調子で断言した。千里は背の高い、ブラックの鋭角的なモダンデザインの椅子に座っていた。
糸色先生が私たちに頷いて、男爵を振り返った。男爵は笑っていた。組み合わせた両手で口元を隠すようにして、低く呟くような声で笑っていた。
「面白い連中だ。どうするかね?」
意見を求めるように、男爵は赤木杏を見上げた。
「もう、おしまいね。おじさま」
赤木杏が男爵を振り返り、言葉を返した。私は自分の耳を疑ってしまった。赤木杏が喋った。その声はゆるやかな温かみを持って弾んでいて、当り前なのか可符香とそっくりだった。
それから赤木杏は、糸色先生を振り返った。かわいらしく首をかしげて、微笑を浮かべる。
「よく気付いたわね。全部正解よ。残念だわ。私、一度、先生のこと殺してみたかったのに。でもいま殺したら、警察に捕まっちゃうのね。本当に残念」
「……は、はあ」
赤木杏は可符香と同じ声と喋り方で、信じられないくらいブラックな発言をしていた。さすがの糸色先生も、顔と言葉を引き攣らせてしまっていた。
「それじゃ私、可符香お姉さんを連れてくるね」
赤木杏はもう一度、ぬくもりのある微笑を浮かべると、男爵のソファの後ろを通り過ぎて、部屋の入口へと向かった。
「お待ちください」
糸色先生が赤木杏を呼び止めた。赤木杏は、ドアを開けたところで振り返った。私はその時、はじめて赤木杏の顔が寂しげに沈んでいるのに気付いた。
「今度、私の教室にいらしてください。私は出席を取らないし、大抵、なんとなく人数も多いので、誰も気にしませんから」
糸色先生は、なんでもない誘いのように、赤木杏に声をかけた。
「……ありがとう。考えとくね」
赤木杏が嬉しそうに微笑を浮かべた。白く幼い頬に、赤い色を宿した。私は赤木杏の瞳が、涙でうるうると揺れるのを見たような気がした。
次回 P074 第7章 幻想の解体4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P073 第7章 幻想の解体
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客間は沈黙していた。でもそこに漂う空気がざわざわとしていた。誰もが赤木杏を注目していた。私だけではなく、全員が赤木杏の表情と瞳の色が変わった瞬間を見ただろうと思う。赤木杏の体内で、何か劇的な変化が起きたのだ。
しかし、男爵だけがただ一人、冷静沈着な表情で佇んでいた。
「説明が抜けたようだな。なぜ、この少女が風浦可符香ではなく、赤木杏であると言えるのかね?」
男爵は両手を組み合わせて、そのうえに顎を乗せていた。
「簡単です。その少女、赤木杏さんはどこからどう見ても風浦可符香さんの双子です。他人でそこまで似ているなんて、ありえません。私は風浦可符香さんの本名を知りません。そこでヒントになったのが、日塔奈美さんの記憶です。日塔さんは幼稚園の頃、間違いなく風浦可符香さんに会ったと記憶していました。風浦さんは幼少時代、転居が多かったものの自分の通った幼稚園は全て記憶していました。それなのに、風浦さんは日塔さんの通った幼稚園に覚えがないと、とはっきり断言しました。これが意味している事実はただ一つ。日塔さんが幼稚園の頃に出会った少女は、風浦可符香さんそっくりの別人。つまり、双子の姉妹です。風浦さんは幼少時代、貧しい家庭環境を経験しています。そのせいで風浦さん姉妹は引き離されたのでしょう。それで、別々の幼稚園に通っていたのです。そこまで推測した私は、日塔さんの通った幼稚園に実際に行って来ました。過去の入園リストを探れば、すぐに見付かりましたね。年代もはっきりしていたし、確かに顔つきは風浦可符香さんそっくりでいた。名前は赤木杏。次に私は裁判所へ向かいました」
私は糸色先生の話を聞きながら、もう一つ別の考えを巡らせていた。一度は離れ離れになった風浦可符香と赤木杏。だけど、この屋敷で再会したのだ、と思う。だから、可符香は本当の名前を隠すようになったのだ。もっとも、赤木杏の記憶とともに、この屋敷で滞在した日々を封印してしまったのだけど。
糸色先生は長い説明を一旦区切って、サイドテーブルの上に置かれた旅行ケースを開けた。中から用紙を一枚引っ張り出して、テーブルの上に置いた。私たちは全員で身を乗り出して、用紙を見下ろした。
「……失踪届けか」
男爵は用紙をちらと見て、糸色先生を上目遣いにした。男爵の目に、今までより深い影が落ちていた。
「失踪者は7年以上失踪を続けると、死亡扱いにされます。赤木さんの失踪届けは10年前、あなたが逮捕された同じ年に提出されていました。それから、7年以上。赤木杏さんの失踪届けは死亡届にかわり、受理されていました。だから、赤木さんはすでに死亡していて、法的にこの世に存在しないことになっているんです。だから風浦さんそっくりの少女が罪を犯した場合、現場証拠に多少の矛盾があったとしても、殺人の罪は風浦さんが被ることになる。……男爵、大したものでしたね。あなたは自分の身辺に警察の手が及んだ時、真っ先にこの計画をスタートさせた。赤木さんの体に改造手術を施し、絶対に誰にも見付からない場所に隠した。もちろん、赤木さんは男爵の生徒として洗脳済みだし、周到に暗示催眠を掛けていました。だから、男爵の生徒リストの中に、赤木杏の名前は見つからなかった。計画を発動させた後、あなたは10年間、牢獄で大人しく待っていた。それは世間の関心が風化されるのを待ったためでありましたが、それ以上に、この失踪届けが効果を持つのを待っていたのでしょう。だけど、あなたの計画はこれでお終いです。すでに死亡届が受理されている失踪者でも、本人である確たる証拠があれば、死亡届、失踪届けともに無効になるんですよ」
糸色先生は畳み込みかけるように、男爵に言葉を突きつけた。
「いいのかね。この少女は君に暴行を加えている。君は自分の生徒を警察に突き出す真似はしたくない、と言ったね。同じ顔の別人であれば構わない、というのが君の美意識なのかね」
男爵の声は低く囁くように、客間の闇に漂うようだった。
「暴行? 何の話です? みなさん、あの少女が私になにか危害を加えたそうですが、ご存知の人はいますか?」
糸色先生はわざとらしくとぼけて、私たち全員を見回した。
「いいえ、なんのことやら、さっぱり」
タータンチェック模様の入った綿のシングルソファの上で、思い出すように宙を見上げた。糸色先生の右手前の位置だった。
「何かの間違いじゃないですか。私、ずっと先生と一緒でしたけど、そんな場面には出くわしていません。」
糸色先生の左手前の席で、千里がはっきりした調子で断言した。千里は背の高い、ブラックの鋭角的なモダンデザインの椅子に座っていた。
糸色先生が私たちに頷いて、男爵を振り返った。男爵は笑っていた。組み合わせた両手で口元を隠すようにして、低く呟くような声で笑っていた。
「面白い連中だ。どうするかね?」
意見を求めるように、男爵は赤木杏を見上げた。
「もう、おしまいね。おじさま」
赤木杏が男爵を振り返り、言葉を返した。私は自分の耳を疑ってしまった。赤木杏が喋った。その声はゆるやかな温かみを持って弾んでいて、当り前なのか可符香とそっくりだった。
それから赤木杏は、糸色先生を振り返った。かわいらしく首をかしげて、微笑を浮かべる。
「よく気付いたわね。全部正解よ。残念だわ。私、一度、先生のこと殺してみたかったのに。でもいま殺したら、警察に捕まっちゃうのね。本当に残念」
「……は、はあ」
赤木杏は可符香と同じ声と喋り方で、信じられないくらいブラックな発言をしていた。さすがの糸色先生も、顔と言葉を引き攣らせてしまっていた。
「それじゃ私、可符香お姉さんを連れてくるね」
赤木杏はもう一度、ぬくもりのある微笑を浮かべると、男爵のソファの後ろを通り過ぎて、部屋の入口へと向かった。
「お待ちください」
糸色先生が赤木杏を呼び止めた。赤木杏は、ドアを開けたところで振り返った。私はその時、はじめて赤木杏の顔が寂しげに沈んでいるのに気付いた。
「今度、私の教室にいらしてください。私は出席を取らないし、大抵、なんとなく人数も多いので、誰も気にしませんから」
糸色先生は、なんでもない誘いのように、赤木杏に声をかけた。
「……ありがとう。考えとくね」
赤木杏が嬉しそうに微笑を浮かべた。白く幼い頬に、赤い色を宿した。私は赤木杏の瞳が、涙でうるうると揺れるのを見たような気がした。
次回 P074 第7章 幻想の解体4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次