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■2016/06/26 (Sun)
創作小説■
第14章 最後の戦い
前回を読む
5
目の前の煙を振り払いながら、オークは突き進んだ。煙の向こうに敵を見付け、オークは剣を振り上げた。クロース兵はオークの剣に応じようとした。が、その凄まじい形相を前に固まってしまった。兵士の目には、人間ならざる者が映っていた。
オークは容赦なく剣で薙ぎ払った。鋭い一閃が嵐のように吹き抜けていく。
戦闘の熱風があちこちで吹き乱れていた。向こうの茂みで、オークから戦術を学んだ僧兵達が燃える丸太を滑り落としている。
オークは辺りを見回していた。狂戦士のように目を血走らせて、戦闘を求めていた。
窪地から敵が飛び出してきた。刃がオークの背中を狙う。
が、信じられない事態が起きた。オークの体が剣を弾き返した。まるで、鋼を打ったように、威力が跳ね返った。
兵士はあまりの現象に、何が起きたかわからず茫然とした。オークは振り向き、剣を振り上げた。恐るべき筋力で、頭から真っ二つにした。激しく血が噴き出し、オークの全身に降り注いだ。
オークの背中から血がしみ出していた。剣で斬られて無傷でいられるはずがない。兵士に斬られたそこから、血が溢れていた。
だがオークは痛みを感じていなかった。オークは戦闘そのものだった。その魂が戦闘の熱気と同化していた。オークは次なる戦いを求めて、硝煙が濃く立ち上る中へと入っていった。
◇
戦闘のはるか後方で、高僧達が輪になって呪文を唱えていた。高僧達の中心に、ソフィーがいた。
しばらくして、魔方陣を中心に竜巻が巻き起こった。呪文が輪唱のように重なる。ソフィーが呪文を唱えつつ、杖を頭上に掲げた。光が走り、魔法のリングがいくつも現れて折り重なった。光はすっと頭上へと立ち上り、光の輪が山脈全体を包み始める。ソフィーの清らかな歌声が、山脈全体に轟いた。
山脈はゆるく振動を始めた。次にクロース陣営の中心で、兵士達の足下がぐらつきはじめた。
地震か。いや足下を見ると、無数のルーンが現れていた。ルーンが土の中に消えると、突然大地が跳ね上がった。土と石で作られた巨人が出現した。ゴーレムだ。
クロース兵
「うわ! 何だ!」
ゴーレムは高さ3メートル。足はなく地面の土と繋がっていたが、その圧倒的な巨体と、太い腕は、敵を怯ませるのに充分な存在感だった。
突如現れた異形の戦士に、クロース兵たちに混乱が広がった。あまりの驚きに、攻撃を忘れてしまった。
ゴーレムはそんな兵士達に拳をぶつける。兵士の列が一気に薙ぎ倒された。
クロース兵達は、すぐに我を取り戻して反撃に転じた。ゴーレムは向かってくる兵士も騎馬も、次々と叩き潰した。
槍や矢を打ち込むと、ゴーレムの体はもろく、ボロボロと崩れた。だが魂なきものの体力を奪うことはできず、ゴーレムは元の土塊に戻るまで、戦い続けた。
ゴーレムは1体だけではなく、いくつも出現した。全部で12体。ゴーレムの攻撃は、鉄壁に思えたクロース陣営を混乱に陥れた。
クロース兵
「あれだ! あの呪い師を止めろ! 妖術を止めるんだ!」
クロースの陣営に、ソフィーの祝詞の声が満ちていた。その声の主が、はるか上の広場で歌っているのが、下から目視できた。そこが魔法の光で、際立って輝いていたから、瞭然だった。
ただちに弓兵が矢の攻撃を始めるが、ほとんどが僧兵の魔法の防壁に防がれるし、それにどんな大弓でもあそこまで矢を到達させられなかった。
次にクロース達はカタパルトを持ち出してきた。兵士達の列を掻き分けて、カタパルトが押し出される。装置の準備が始まり、振り子の先に石塊が置かれた。
だが虎の子カタパルトの攻撃も充分ではなかった。投石はその手前に落ちた。ドルイドの僧兵を薙ぎ倒す。
それで、魔術の壁が消えた。今度こそ長弓の達人が弦を引いた。矢がドルイドの防壁網を潜り抜けた。ソフィー達のいる広場へと突き進む。
ソフィー達は呪文の詠唱に深く集中していて、矢の接近に気がつかなかった。
修行僧
「ソフィー様、危ない!」
側で守っていた少女がソフィーを突き飛ばした。
矢が少女の胸を貫いた。
瞬間、ソフィー達を覆っていた魔法の光が消えた。
僧侶
「ソフィー様!」
ソフィーははっとした。広場に矢が雹のごとく降り注いだ。ソフィーはとっさに魔法の防壁を貼り込んだ。だが充分ではなかった。矢は広場の土をえぐり取った。
ようやく矢の猛襲が終わった。ソフィーは辺りを見回した。老師達が矢の攻撃を受けていた。側に、自分が救ってくれた少女が倒れていた。
ソフィーは慌てて少女を抱き上げた。全身に矢を浴びて絶命していた。後頭部から矢が深く刺さっていて、眼球がポロリと落ちてその向こうに矢尻の先が見えた。
ソフィー
「なんてこと。なんてこと……」
ソフィーは動揺して、少女に顔を埋めて泣いた。
そこに、次なる矢の一撃が迫った。ソフィーはどうしていいかわからず、茫然と見上げていた。
老師が飛び出した。魔法の盾が現れた。だが矢の1本が盾を突き抜けた。老師の膝に突き刺さる。老師は耐えきれず膝を着いた。
ソフィー
「老師様!」
老師
「ソフィー。今は戦いの時だ。涙は後にしろ!」
ソフィー
「でも……でも……」
老師
「ソフィーよ、戦場を見よ。死んだ者はその子供だけか。多くの者が死んでいる。敵も、味方も。我々は人殺しの最中だ。殺さねば、勝利することも生き残ることもできんのだぞ!」
ソフィー
「……わかりました」
ソフィーは涙を拭って押し留めると、側に控えていた少年の僧に、少女の骸を預けた。
見ると、矢の攻撃で多くの老師達が倒れていた。ゴーレムは元の土塊に戻っていた。敵陣営の混乱はすでに治まっていて、再び攻撃に転じようとしていた。
ソフィーは次なる魔法のために、杖を振り上げた。
次回を読む
目次
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■2016/06/25 (Sat)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
前回を読む
10
ツグミは胸に手を当てて、改めてバスの中を見回した。他の乗客は、前のほうにお婆ちゃんが1人座っているだけだった。怪しい人影はない。ツグミはやっと心臓の速度が落ち着くのを感じた。
「ヒナお姉ちゃん、けっ……」
ツグミはヒナを振り向いて「警察に電話を」と言おうとした。が、ヒナがいきなりツグミの頭にタオルを被せた。
ヒナはツグミの髪を、くしゃくしゃと拭った。タオルはすでにかなりの水分を吸っていて、冷たくなっていた。
ツグミの発言は完全に挫かれてしまった。くしゃくしゃにされている状態では何も言えないので、ツグミはヒナが髪を拭い終えるのをしばし待った。ヒナはツグミの髪を拭い終えて、くしゃくしゃになった髪を整え始める。
ツグミはそろそろいいだろう、と顔を上げて、さっきの続きを訴えようとする。が、
「アカンで、ツグミ。まだ警察に電話したらあかん。タイミングを間違えたら、もうチャンスはないんやで」
ヒナがツグミの側に耳を寄せて、警告するように言った。
ツグミは言葉を封じられる代わりに、唇を尖らせて不満顔を作った。そう反論されるとわかっていたが、それでも言いたかった。
ヒナはツグミの不満顔を無視して、シートに立てかけていたデューラーの『自画像』を手にした。
「それよりも、この絵の所見をお願い」
ヒナはツグミにデューラーの『自画像』を手渡した。それから、ヒナは自分の髪をタオルで拭い始めた。
「あっ、ハイ。えっと……」
ツグミはいきなり板画を手渡されて、心の準備がすぐにできなかった。ツグミは冷静になろうと、一呼吸間を置いた。
ツグミは改めて板画に目を向けた。A4サイズの小さな絵だ。デューラー自身の姿が正面から描かれている。もともとが67×49センチの絵画なので、およそ半分のサイズだ。
デューラーが長い金の巻き毛を、胸に垂らしている。視線は真っ直ぐで、鑑賞者を見詰め返すような鋭さがあった。
ツグミはひと目ちらっと見ただけで、どんな絵なのか、すべて理解できた。
「アルブレヒト・デューラーの『自画像』。でもこれは、贋作師キュフナーの精巧な模写やね。1794年、アブラハム・ヴォルフガング・キュフナーは、ニュルンベルク市庁舎から、デューラーの本物を借り受けた。キュフナーはデューラーの本物を借り受け、その後デューラーの本物を2枚に挽き割り、そのうちの一枚に本物のそっくりのコピーを描いた。キュフナーは画家だったし、引き裂いた板にはデューラーの本物が写っていたから、本物を下書きに、色を塗ればいいだけだった」
それに本物を2つに挽き割っただけだから、裏面には鑑定書きが残される。ほぼ万全な贋作だったけど、唯一の難点が「厚み」だった。しかし当時は絵の厚みを測る者などいなかった。
キュフナーは、贋作を作った後、デューラーの『自画像』をニュルンベルク市庁舎に返却した。キュフナーを疑う者は誰もいなかった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/06/24 (Fri)
創作小説■
第14章 最後の戦い
前回を読む
4
クロースの兵達が隊列を整えると、火矢の応酬を始めた。烈風が吹き、木の葉がざわざわと揺れた。僧兵達が魔法の盾を作り出すが、同時にクロースの神官が魔法を打ち消す呪文を唱えた。次々に放たれる火矢は、僧兵を討ち、木々に火を点けた。クロース兵達は、麓の森に火を放ち、煙に紛れて進軍した。
僧兵達は魔力を帯びた武器で、敵に立ち向かっていったが、クロースの兵士は1人1人が屈強で、僧兵達が築いた防壁は次々に打ち破られていった。
この戦いに、オーク達の騎兵が加わった。その数は小さかったけど、クロースの兵達をはるかに上回り、敵の一角を圧倒した。
オーク達は僧兵に指示を出し、丸太を切り出して火を点け、山を登ろうとする兵士達に向かって放り投げた。燃えさかる丸太は斜面を転げ落ち、密集状態の敵を薙ぎ倒していった。
燃える丸太が敵の勢力を切り崩すと、オーク達はそこに斬り込んでいった。オークの剣術は荒ぶる鬼神の如く。クロース達はその気迫の凄まじさにおののき、およそ為す術もなく倒されていった。
オーク達の勢力が、戦局をにわかに変化させていった。
その様子はクロースの陣営からも見えた。これまで順調に進んできた作戦が、はじめて押し戻されるのに、ひどくじれったいものを感じた。それも、わずか30人の騎士に!
リーフ
「あの男は何者だ!」
アレス
「存じませぬな」
リーフ
「知っておるだろう!」
アレス
「いや、初めて見る顔ですな」
リーフ
「貴様、お前達の姫がどうなっても知らんぞ。我らの神に従え! 神に対して不誠実が許されると思うな。そんな態度を続けると、いつか貴様の頭に天罰が下るぞ!」
アレス
「貴様のような名ばかりの賤民に誇り高き名を教えてやる必要はない」
リーフ
「なんだと?」
アレス
「私の役目はただ戦うことだけです」
◇
クロース軍陣営後方。
馬車の荷台の上に、ステラ姫を入れた檻が置かれていた。ステラは膝に顔を埋めたまま、動かなかった。これを監視しているのは、ティーノであった。
ティーノ
「まずいぞ、まずいぞ。あいつはダラスの軍勢を潰した奴だ。せっかくここまで逃げてきたのに……」
クロース兵
「何をしておるか! ちゃんと見張りを務めよ! 逃げてきたお前を引き入れた恩を忘れるな!」
ティーノ
「は、はい!」
騎士が去って行った。
ティーノ
「おのれ下品な馬乗りのくせに! わしはクロースの司祭だぞ! 国に帰ったら覚えておれ。わしを見下したやつ全員を告発して、焚刑にしてくれる」
クロース兵
「何を喚いておるか!」
ティーノ
「ひぃぃ、お許しを!」
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■2016/06/23 (Thu)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
前回を読む
9
国分駅を出ると、目の前に広い道路が現れた。4車線の幅のある道路だった。車の量は多い。ちょうどよく信号が青になっていた。雨はもうやみかけていたけど、風が強かった。水たまりもあちこちにできていて、灰色の空を映していた。
ツグミは寒いと感じなかった。寒さを感じないくらい、体が熱くなっていた。心臓が追い立てるように、早く胸を叩いていた。
すぐにヒナは、車道に何か見付けた様子で指さした。
ツグミは車道の向こう側に目を向けた。向かいの歩道に、バスの停留所があった。左の横断歩道の前でバスが停まっていた。
信号が点滅を始めた。ツグミとヒナは横断歩道に飛び出した。
ヒナの速度は早くはなかったけど、ツグミの脚には無茶なペースだった。白く舗装された歩道で滑りそうだった。ツグミは右脚と杖だけで、飛び跳ねるようにしてヒナに従いていった。
横断歩道を渡りきったところで、信号が赤に変わった。渡りきってツグミは後ろを振り返った。さっきの男が横断歩道の向こう側に立っているのが見えた。こちらをじっと見詰めて、横断歩道に飛び出そうかと迷っている様子だった。
車道の車が一斉に動き始めた。おかげで男を留まらせた。
バスも動き始めた。バスは横断歩道向こうの停留所を目指して、ゆっくり進み始める。
ツグミとヒナが停留場に辿り着くのと同じタイミングで、バスも到着した。
バスの後部が開いた。ヒナが先頭に立って、バスに乗り込んだ。ツグミも乗り込もうとしたが、高い段差に脚を引っ掛けてしまった。
ヒナがとっさにツグミを支えてくれた。ツグミの脚はもう消耗しきっていて、思うように上がってくれなかった。
バスに乗り込むと整理券を取った。それから一番後ろの座席に、並んで座った。
バスはツグミとヒナが座るのを待って、扉を閉めた。ゆっくりとバスがスタートする。
ツグミは、バスの天井を仰いで、大きく息を吸い込んだ。急に座ったせいか、体の力がすーっと抜けるような気がした。
呼吸を整えるより先に、ツグミは後ろの窓を振り返った。横断歩道の向こう側で、あの男が立っているのが見えた。どこかに携帯電話を掛けているようだった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/06/22 (Wed)
創作小説■
第14章 最後の戦い
前回を読む
3
籠城戦はすでに42日目に入っていた。大パンテオンは早くからクロース軍の侵略を察知して準備をしていた。しかしパンテオン側の戦士が多くが急ごしらえのにわか兵士だったのに対して、クロース軍は訓練の行き届いた兵士達だった。それに彼らは、最強の流浪騎士団を味方に加えていた。パンテオン側の防衛線は次々と突破されていき、華やかな繁華街は徹底的に破壊され、陵辱され、地獄絵図に変えられた。
パンテオンの孤軍奮闘は続いた。絶望的な戦いだったが、人々は希望を見失わず戦い続けた。
それでもパンテオンの軍勢はじりじりと後方に押しのけられていく。クロース軍はそこに至るまでの建築物やモニュメントを1つ1つ破壊していった。捕らえた捕虜は、見せしめで処刑された。クロースの兵士に慈悲はなく、彼らは目に映るものなら何でも斬り殺し、あちこちにおぞましい死体の山を築き上げた。
老師
「……まだ彼らに祈りの言葉を与えていません。きっと彼らの魂は、異教の神に捕らえられ、苦しんでいることでしょう。戦えない街の人達は、この山のさらに奥に隠れさせています。しかし、いつまで持つか……」
ソフィー
「そんな状況だったとは……。申し訳ありません。もっと早く加勢に駆けつけるべきでした」
老師
「構わん。国中が夷狄に蹂躙されておる。みんな自分たちの守りで精一杯じゃろう。さあ、今度はお前達が話しておくれ。大パンテオンの外で、いったい何が起きているのか……」
ソフィー
「――はい」
ソフィーはこれまでの経緯を話した。手短に、それでいて過不足なく。悪魔の王の復活、セシル王の死、オークの戴冠を……。
老師
「そうか……。セシル様……」
老師は悲しげに目を伏せた。
ソフィー
「でも最後の王統の者がここにおります。ダーンウィンが証明してくれました」
老師
「そうか……。そなたは普通の生まれの者ではないと思っていましたが……。若き王よ、偉大なる王よ。ブリデンへの城の譲渡とは、よくぞ決心なされた。覚悟のいる決断です」
オーク
「いいえ。私が王になった時には、すでに選択肢がなかった。それだけでございます」
老師
「そなたは運命を受け入れながら生きております。この時代にしなければならないことをよく理解しております。それは賢君の証でございます」
オーク
「恐れ入ります」
その時、兵士が駆け込んできた。ありあわせの鎧を身につけた、にわか兵士だった。
兵士
「申し上げます! 2合目が陥落しました。クロース軍の本陣がいよいよ動きます!」
オーク達はそこから下界を見下ろした。大軍勢が、大パンテオンの麓に押し寄せようとしていた。死体を掻き分けて、兵達を散開させ、山の斜面を登ってくる。僧兵達が戦いに応じていた。
老師
「敵の数は尽きることはない。兵の数も、矢の数も。まるで無間地獄を夢に見ているようだ」
オーク
「まだ終わりではありません。――まだ」
オークは老師達に挨拶を済ませると、石段を駆け下り、戦いの中に加わっていった。
老師
「あの者――鬼神が憑いておる」
ソフィー
「あの方は失おうとするもののために戦っております。この国の王として。きっと、最後の1人でも戦うでしょう」
老師
「…………」
ソフィー
「老師様。手を貸してください。大魔法を使います」
老師
「うむ」
老師には美しき才女の横顔に、鬼神がちらつくのが見えた。
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