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■2010/11/22 (Mon)
絶望先生23集追加娯楽というものは、生活にとってまったくの無意味なものであるが、その時代の文化・性格を克明に写し取ろうとする。その時代にどんな道具があったのか、どんな考え方が流行したのか。例え過去の時代・事件・事象を題材にした作品であっても、作品にもっとも強く現れるのは、それが描かれた時代の精神である。エンターティメントは本当の過去を描けないのである。
漫画は最先端をひた走るメディアであり、読み手はほんの一週、最近ではほんの数時間前の流行ですら避ける傾向があるが、ふと過去の作品を手に取ると興味深い発見をいくつも見つける。
という書き出しから始めるのは、最近『サザエさん』の第1巻を読んだからだ。『サザエさん』の連載が始まったのはまさに戦時中の頃。読んでみると4コマ漫画に込められた笑い以上に、その時代にありがちだったらしいやりとりや暮らしのほうがはるかに興味深く思えた。もちろん、その時代の笑いの作り方や方向性など、読む人によっていくつも発見のある作品になっているだろう。
もっとも、学問の世界では「漫画など無価値な子供の遊戯に過ぎない」と切り捨てているが(人材育成、という側面で取り上げている教育機関は多少あるものの、歴史研究、風俗研究という側面で漫画を取り上げている例は聞いたことがない。もっともこの国の社会学は、「最近は~」と現在形のある一面だけに捉われ、時代をもっと広い範囲で敷衍して語ることができないのだが)。これも最先端を宿命付けられたメディアであるからだろう。
同時代の性格や事件を、誇張や笑いを込めながらも貪欲に取り入れていく『さよなら絶望先生』。この作品は、数十年後の読者にどんな感慨や感心を与えるのだろう。
今回の表紙を飾るのは木津千里だ。艶やかな和装姿・ブーツに武骨なスコップを手に身構える。いつもの千里で安心する。ちなみに今集から、木津千里はヘアバンドを身につけたスタイルで登場する。

前巻までのあらすじ
日本には、あまりに考え方の違う人が多すぎて、いつも揉め事ばかり。そこで私、思いついちゃったわけ。日本をきっちり真っ二つに真ん中で、赤組と緑組に分けて壁を築いちゃえってね。上下に分けるか、左右に分けるか悩んだ末、壁が短くすむ上下に分けたの。これでもう、揉め事もなく安心と思ったのも束の間。赤組の人たちが壁を越えて、緑組にしてくれって言うの。私、頭にきてパージしちゃった。


221話 さまよえるミランダ人
絶望先生23集A (1)ある朝、糸色望は教壇に現れ、前置きもなくこう宣言を始めた。
「えー、あなた方には授業を聞かない権利があります。あなた方の発言は成績で不利な材料として用いられることがあります。あなた方は授業参観で保護者の立会いを求める権利がある」
それは『ミランダ警告」(Wikipedia:ミランダ警告)である。
アメリカの警察が被疑者を逮捕するときに、「あなたには黙秘権がある」と宣言するアレである。日本の警察にはそんな宣言は必要ないらしい。
が、ここ最近、あらゆる場面で犯罪を犯していないのにも関わらず、ミランダ警告が必要になる場合が多々ある。
例えば――。
あなたはこの漫画を読み飛ばす権利がある。
あなたの感想は作者に不利な証拠として用いられることがある。
あなたは他の読者と批評を交わす権利がある。
もし友人がいなければ、ネットで意見を求める権利がある。
等である。もちろん、あなたはこのブログを読み飛ばす権利もある。そうあらかじめ断っておかないと、後でどんな文句をつけられるのかわかったものではない。この頃はマニュアルで提示していない使い方をして、それでトラブルにあった消費者が、製造元にクレームをつける理不尽な事件が頻発している。予防策として『ミランダ警告』が必要なのである。
とここで、愛の告白をしようとする男子学生がいる――。
「あなたには交際を拒否する権利がある。あなたの曖昧な返答は告白者に有利に解釈されることがある。あなたはクラスの第三者の立会いを求める権利がある。もし立会人に依頼する勇気がなければ、公選立会人を付けてもらう権利がある。付き合ってください!」

222話 幸いなるかな心貧しき土地
絶望先生23集A (2)何となく宿直室の廊下が騒がしい。なんだろうと目を覚まし眼鏡を掛けてみると、そこにはずらりと行列。
「これは何事です!」
動揺する糸色望。行列の中には2のへ組生徒である日塔奈美も混じっていた。
「パワースポットですよ」
日塔奈美の説明によると、校舎裏の古井戸が日本有数のパワースポットであると紹介されたために、ぞろぞろとできあがった行列が校舎内の宿直室を横断してしまったのである。
ぶちぶち文句を垂れ流しつつも、せっかくだからと行列に加わる糸色望。しかし、行列はちっとも前に進まない。そのうちにも苛立ちを募らせた行列の中から、不満の声が吹き上がり始める。行列に殺伐とした気色が漂い始めていた。
パワースポットに集る人々――それは逆に言えばプワースポットである。何せパワースポットは運のない“運タカリ”が幸運を求めて集ってくる場所。裏を返せば不運の溜り場こそがパワースポットなのである。
そんなプワースポットは、日常の色んな場所にある。「やたら車中泊の多い休日1000円の高速のPA」「明らかにバイト内にイジメがある牛丼屋」「パチンコ店」等々。糸色望は妹の糸色倫に誘われて、街中のプワースポットを巡ることになる……。

223話 摘むや摘まざるや
絶望先生23集A (3)新茶の季節がやってきた。2のへ組生徒たちが和装に手甲という格好で、茶畑に集ってくる。
とそんな場所に糸色望がやってきて、いつもの余計な呼びかけをする。
「茶なぞ摘んでいる場合ですか! 芽を摘んでおかないと!」
世の中には早いうちに摘んでおくべきものがたくさんある。犯罪の芽とか、病気の芽、あるいは新人作家の才能の芽とか。放置しておくと後々危険な結果をもたらすものが多くある。
しかし、「芽」はどうやって観察し、どうやって摘むべきなのだろうか。
「うーん、万引きとか?」
日塔奈美が考えながら皆に意見を求める。
「万引きはもう犯罪でしょ」
小節あびるが淡白に言い返す。
「じゃあ『嘘つき』だ。嘘はドロボーの始まりっていうでしょ?」
「嘘くらい誰でもつくでしょう」
思いついた、といように声を上げるが、やっぱり小節あびるがさらっと切り捨てる。
「いや、程度の問題で、小さな嘘ではなく、でっかい嘘だ。「地球は俺のものだ」とか」
「それはもう夢だから」
「じゃあ、悪質な嘘だ。息子だと偽って老人に電話を掛けてお金を振り込ませる……」
「だからそれはもう犯罪だって。犯罪の芽とは言えないわ」
議論は続くがそもそも『犯罪の芽』すら誰も定義できない。もやもやとしながら議論が続く中、風浦可符香がこれだというマニュアルを持ち出してくる。それは『罪のめばえ』と書かれた本であった。

224話 その神は今生まれたばかりだといふ事は一目で解った
絶望先生23集A (4)強い雨音が街を包んでいた。車道を走る車が、汚水を跳ね上げている。跳ね上げた汚水が霧となって散り、街は沈んだ灰色に溶け込んでいた。
音羽2丁目の路面電車のプラットホームに、2人の少女がそれぞれの方向を向いて立っていた。日塔奈美と、加賀愛の2人だ。2人は背を向け合って立っているが、どちらも降り続ける雨を気にするように前方の風景を見ている。雨具の用意もなく、どうやってこの雨を切り抜けようか、そう考えているふうだった。
そんなプラットホームに、糸色望が現れる。手許にはちょうど2人分の番傘。望は2人に番傘を広げて差し出す。
加賀愛はこう思った。
「私のような者に傘を貸し与えてくれるなんて……。この人は神様かもしれない」
一方、日塔奈美はこう思った。
「何も言わないで私に傘を差し出すなんて……。私は神様かもしれない」
同じ行為に対して、正反対の2つの意見。これを「犬と猫の見解の違い」と言う。
犬「何もしなくても僕にエサをくれるなんて……。この人は神様かもしれない」
猫「何もしなくても僕にエサをくれるなんて……。僕は神様かもしれない」
これは犬や猫に限った事例ではなく、人間の場合でもしばしば起きる。
「僕のような者が描いた漫画を買ってくれるなんて、読者は神様かもしれない」
「俺がテキトーに描いた萌漫画を皆が喜ぶなんて、俺は神様かもしれない」
というより、人間の場合は後者の事例が圧倒的多数である。そしてその勘違いは、なかなか当人に自覚されないものである。
自分は神様だというおめでたい考えに捉われた日塔奈美は、自分の身に降りかかってくるあらゆる幸運不運を、ことごとく「自分は神様である」という考えの根拠にしていく……。

225話 清兵衛が瓢箪で瓢箪が清兵衛
絶望先生23集A (5)衣替えの季節。生徒の制服が長袖から、涼しげな半袖に変わる。そんな様子を見て、糸色望が深刻そうに考える。
「冬服から夏服になった、というのはわかるのですが……。木津さん、あなたは本当に木津さんですか?」
木津千里である。それは見れば明らかである。
しかし糸色望はこう考える。見た目は間違いなく本人だが、実は中身は別人で入れ替わっているのかもしれない……。衣替えの季節、摩り替わったのは『衣』だけではなく、『中身』までも替わっているのではないだろうか。
これを心理学の分野では『カプグラ症状』(Wikipedia:カプグラ症候群)あるいは『ソジーの錯覚』と言う。「少々お疲れなんじゃありませんか」と新井智恵先生に諭され、糸色望は帰宅しようとする。
しかし、お疲れの糸色望は、街中のあらゆるものを目にしては「中身が摩り替わっているのでは」と疑いをかけていく。
こないだまでカレー屋だった店が外観そのままに定食屋に変わっている!
某探偵アニメを見ると、キャラクターそのままに声優(中身)が変わっている!
デスノートの中身が文学作品に変わっている!
電気店(サトームセン?)の経営陣が、中国資本に入れ替わっている!
そのうちにも日本国のあらゆるものが得体の知れない何かにすりかわっていくのかも知れない。恐怖を感じた糸色望は、衝動的に日本から脱出しようと試みる……。

226話 花ムコ村と貴族たち
絶望先生23集A (6)下校途中、2のへ組生徒たちは教会の前で結婚式の風景を目にする。
「いいなあ。6月の花嫁は幸福になれるから」
木津千里がうっとりと頬を赤くしながら、幸福そうに寄りそう新郎新婦を見詰めていた。
そこに、やはり糸色望が余計な一言を口にする。
「ということは、6月の花婿は不幸になるということですか!」
花嫁にとっての幸福な夫婦生活といえば――、「マイホーム」「ママ友だちと豪華なランチ」「高価な服」などである。そんな生活を実現させようとしたら、誰かが一生懸命に働き、支えなければならない。重いローンに切り詰められた日々の小遣い、豪奢な生活に潤っていく妻と反比例してみすぼらしくなっていく夫……。
幸福な夫婦生活の象徴であるジューンブライド。その実体は、明らかな不平等条約なのである。
「6月の花婿がかわいそう!」
と同情するのは大草麻奈美。「6月の花婿を解放してあげたい」そう考えた大草は、6月の花婿を次々と誘拐し、自分で養おうとする。そんなかいがいしい大草の姿に、6月の花婿たちは感動して涙を浮かべる……。
しかし、借金まみれの大草のどこに6月の花婿たちを養う財力があったのか。どこかにきっと資金源――黒幕がいるに違いない!
そう考える一同の前に、ある男がふらりと現れる。その名も、『独身貴族』――。

227話 切れろ切れろはしっぽの人にいう言葉
絶望先生23集A (7)切り取られたトカゲの尻尾……。トカゲ本体よりも、尻尾のほうにときめく少女がここにいる。
「トカゲの尻尾切りとか言うけど、切られた方が断然好き」
いつもはクールで無表情の小節あびるが、興奮した声を上擦らせていた。
トカゲのことは置いておくとして、現実には「切り落とされた尻尾」のほうが優秀な事例がたくさんある。
不要と切り捨てられた会社のいち部署が、本社の業績を上回ったり。
仕分けされた研究所の方が優秀で、残ったほうが天下りに腐っていたり。
むかし切り捨てられていたマグロのトロが、今では赤味より高価。
サンデーから切り捨てられた下ネタギャグ漫画家がマガジンで連載するやいなや大ヒット、講談社漫画賞をその他を受賞する事態。
「久し振りにあびるちゃん家に遊びに行きたいな」
「いいよ、おいで」
風浦可符香に小節あびるが快くOKする。
放課後、皆であびるの家の部屋へ行く。そこは色んな企業、団体から切り捨てられた優秀な人材が陳列されていた。

228話 分母変
絶望先生23集A (8)七夕。それは1年に1度だけ織姫と彦星が巡り会う日。少女たちは夜空を横切る天の川を見上げながら、ロマンチックな空想に想いを委ねていた。
「いや、年一でしか会わないなんて、よくある話じゃないですか」
糸色望がさらりと水を差す。
例えば漫画家同士の友達が会うのはだいたい年に1度の謝恩会とか。
「それで友達って言えるの?」
「充分友達です。むしろ親友気取りです」
漫画家の事例はさておき、よくよく考えれば「年に一度」の行事なんて日常の色んなところででくわしたりする。例えば日めくりカレンダーを一気にめくったり、都営三田線に乗ったり。テレビでサザエさんを見て爆笑したり、何となく沈黙シリーズの映画をテレビ放送で見てしまったり(どの事例も個人差があります)
そう考えると、年に一度って意外と特別な行事とは言わないのではないだろうか。いやいや、織姫と彦星は天体を舞台にした話。宇宙規模で考えると年に一度なんて「たまに」とは言わない。分母を整理して星にとっての1年を考えてみる。すると星の寿命は100億年くらいだから、1年は人間感覚でいうと0、3秒くらい。ということは、織姫と彦星は0、3秒に一回会っていることになる!
そう、世の中「分母が違うのに同等に語るなかれ」という事例が多く存在する。
『かってに改造』と『さよなら絶望先生』。一方は16ページで一方は12ページ。ネタのボリュームについて、同等に語るべきではない。
国の人口が違うのに、富裕層や公務員の数を比較して絶望すべきではない。
そもそもテレビがついている数が違うのに、ゴールデンと深夜でアニメの視聴率を比較すべきではない。
「ところで、最近先生、私に対してプライベートであまりにもほったらかしじゃありませんか?」
唐突に木津千里が糸色望に言う。
糸色望は対象としている少女が多く、しかも80年も生きようとしている。すると当然、1人の少女と接する時間は短くなってしまう。どうすればいいのか?
そこで、風浦可符香が妙案を提案する。
「先生の命の分母を小さくすればいいんですよ」

229話 光あれ。するとワカメがあった。
絶望先生23集A (9)カッと突き刺すような真夏の猛暑……。それは猛暑と呼ばず酷暑と表現する地獄の暑さだった。
が、そんな暑さに関わらず、エアコンは故障中。部屋にあるのは扇風機のささやかなそよ風だけだった。それすら効果はなく、小森霧は全身に汗を滲ませていた。
「暑いよ! もう耐えられない!」
糸色交が我慢できず窓を開けようとする。しかしそこから流れ込んでくるのは、風ではなくさらに勢いを強めた熱風。ありとあらゆる家庭、オフィスに取り付けられた室外機の熱風によって外を流れる風は室内よりも熱を持ってしまっているのだ。
早くエアコンを修理したいが、修理工がやってくるのは早くても三日後。その間、どうにかして暑さを退け、耐えなければならない。
そんな時、テレビから音が漏れ聞こえてくる。
「……私たちのグループ企業では、屋上の緑化事業に取り組んでいます」
これだ!
名案ひらめいた小森霧は、室内緑化すればきっと涼しくなるに違いないと考える。でも植物なんて室内のどこにもない。外に出ると凄まじい熱線で死ぬかもしれない。どうすれば……。
そうだ!
増えるワカメだ。ワカメを室内で増やせば、きっと室内緑化と同じ効果があるに違いない。再び素晴らしい名案を思いついた小森霧は、さっそく部屋中ワカメだらけにする。
しかしそのワカメの気配に気付いて、頭髪の残念なピッカリ人が次から次へと集ってくる。そのうちにも宿直室はピッカリ人だらけで埋め尽くされてしまった。部屋の気温は等比級数的に増大していき、ピッカリ人の頭の反射でギラギラした光に包まれる。すると、ワカメが光合成をしてさらに増殖していく……。
※ 今回の話、暑さのおかげで書いている人の頭がおかしくなっているようです。

230話 老人は網などなくしてしまった
絶望先生23集A (10)海水浴場。砂浜は海水浴にやって来た若者たちで賑っていた。とそんな海辺にばしゃばしゃと跳ね上げる音。振り向くと、誰かが溺れている。
「ちょっと大丈夫?」
日塔奈美が慌てて引き上げる。するとそれは、網に引っ掛かって身動きとれなくなっていた小節あびるだった。海中に破棄された網に引っ掛かって溺れていたのだ。
ゴーストフィッシング』(Wikipedia:ゴーストフィッシング)。痛んで海中に捨てられた漁具が勝手に魚を捕り続けてしまう現象である。『幽霊漁業』なんて呼ばれ方もしている。漁師もいないのに魚が網に引っ掛かり、死んでしまうから、新しい環境問題として注目されている。
しかし、ゴーストフィッシングは何も海に限った現象ではない。日常、自分が何気なく放置したものが誰かに多大なる迷惑をかけることがある。
例えば飲みかけのジュースを室内に放置していたら誰かが引っ掛けてこぼしてしまったり、
ロッカーに置き去りにされたジャージが、捨てると呪われるという都市伝説に変わって残り続けたり、
何気なく投棄した趣味性の高いエロ本が、周辺の小学生の性癖に影響を与え続けたり、
ネットの掲示板で何気なく書いた一言が、本人の知らぬところで大論争。
意図せぬゴーストフィッシングの恐怖。
とそんなふうに事例を挙げて議論しているところに、ふらりと優雅に糸色倫が現れる。
「お兄様、私たちもそのゴーストフィッシングの加害者になっているかもしれません」
実はその海水浴場の近くには、むかし糸色家が建設し、そのまま放棄した屋敷があった……。

さよなら絶望先生《本家》 目次ページへ

漫画・著作:久米田康治
編集・出版:講談社
連載・掲載:週刊少年マガジン《2010年発行 第22・23号~第34号(第29号・第33号休載)》

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ネタ解説


絶望先生23集B (11)222話より
糸色望が手にしている本。成田良悟作品の『デュラララ!』をもじったものだ。『デュラララ!』には糸色望を演じた神谷浩史も出演している(折原臨也役)。声優を強く意識したネタだ。まだ第4期アニメ化の希望を捨てていないのだろう。

絶望先生23集B (12)222話より
車内ミラーに映る怪しげな影。どうやらバスの運転手らしいが、どう見てもさのすけである。さのすけは車の運転もできるようだ。背景キャラクターだけでなく、時には実務もこなす。万能なキャラクターである。

絶望先生23集B (13)223話より
茶摘ということでキャラクターが全員和装で出演している。あでやかな晴れ着とは違うが、これもなかなかなの味わいだ。一覧にして並べてみよう。漫画の構成も5ページ連続してキャラクターの3段ぶち抜きの全身ショット、顔面クローズアップという様式的な展開で描かれている。実に美しい漫画の作り方だ。

ところで223話のあちこちに『AKaBane84 茶摘握手会』の幟、それから行列がずらりと取り巻いている。課外授業だけではなく、ついでに商売もやるようだ。

絶望先生23集B (14)223話より
「犯罪の芽」とは何なのか? 『じょしらく』ふうに議論が交わされるものの結論は出ない。これは実際に難しいテーマである。
そんなところに出てくる便利なマニュアル本『罪のめばえ』。
ギャグとして登場するものの、似たような考え方のものは現実世界にあるような気がする。その時代の社会意識と相容れられず、何となく「悪いもの」と見做されてしまう道具や文化。戦後社会においては漫画やゲームがその対象として槍玉に挙げられてきた。
所詮はスケープゴートの発想なので、スケープゴートの対象をいくら敵対し、槍玉に挙げて排除したところで、その時代の精神は良くも悪くもならない。そもそもスケープゴートの発想が原初的な不安意識と結びついているという認識から始めないと、何も解決しない。つまり心理的な病気を抱えているのは、スケープゴートとして排除される側ではなく、排除しようとしている、健全さを自称する多数派のほうだ。人間の精神は人間が思っているほど文明化されていないというのが真実だ。

絶望先生23集B (15)224話より
うん、そういう人いるよね……。
というか、エンターティメントの業界って主にそういう人格の残念な人で構成された業界。それくらい思い込みが激しくないと、表現者になれない、というのもあるのだが。恥の文化、なぞ漫画の業界にはない。
でも裸の王様の勘違い人間ばかり量産する業界の性質とかどうにかならないだろうか。謙虚な人間も、ヒット作が出ると人格が変わってしまう。作品に直接傲慢さが現れていなければ気にならないのだが、作家がブログやツイッターをやる今の時代、“最低限の社会性”といった人格の教育も必要だと思うのだが。

絶望先生23集B (16)224話より
『AkaBane84入門。その1。メンバーは12人。1人7役をかけもちし、84人を実現』
と左端に書かれている。唐突だがアカバネ84の基本的な設定が説明されている。84人の新キャラクターが登場すると思っていただけに少し残念な気が……。いや、「声優が1人7役かけもち」という意味かもしれない。

絶望先生23集B (17)224話より
川岸の通りに何気なく立てられた看板には「三宅川」。わざわざ滑り落ちる場面に描かれているあたり、おそらく民主党議員である三宅雪子が意識されているのだろう。三宅雪子は転び方の見事さと、そのわざとらしさで有名になった議員である。あの転ぶ姿は、なかなか忘れられないインパクトだった。
左端の橋の下には、『荒川アンダーザブリッジ』に登場する星が描かれている。『さよなら絶望先生』と同じくシャフトが制作するアニメーションだ。やはり久米田康治は、アニメの繋がりを強く意識しているようである。
ところで、224話は日塔奈美が自身が神であると勘違いするエピソード。だが、フレイザーの『金枝篇』によれば、そもそも神とは生け贄に供される者のことなのだが……。まあ、細かいことはどーでもいいか。

絶望先生23集B (18)225話より
ネタの一つに「アシスタントの中身が、いないはずの人間に替わっている」と「僕だよ、山下だよ」という台詞が書かれている。
マガジンだけの読者にはいまいちわかりづらい話だからここで解説(検索してくる人がいるかもしれないので)
ある夜、アシスタントの前田君が突然仮眠室から飛び出し、「山下がやめないのなら、僕がやめます!」と叫びだした(18集105ページ)
が、久米田康治の仕事場には山下という人物はいない。どうやら寝ぼけていたらしい。だが、果たして山下とはいったい何者なのか……。
22集のあとがきの中に、詳しく解説が付け加えられている。
『かってに改造』の愛蔵版の打ち合わせで小学館の担当編集者に会う機会があり、山下の話をしていると、
「山下は前田君ではなく久米田さんが作り出した幻像かも知れませんよ」
というのも、前田君がアシスタントになってはじめの頃、久米田康治が前田君の名前をどうしても憶えられず、「山下君、山下君」と呼んでいたらしい。前田君は山下と呼ばれるのをひどく嫌がっていて、それが心層に残留し、後になって突発的に現れたのかもしれない。
とはいえ、山下の謎はすべて解決したわけではなく、久米田康治はアシスタントの全員と一緒に、「山下なんていない! 山下なんていない!」とときどき唱えている、と書かれてある。

絶望先生23集B (19)225話おまけページより
木津千里と藤吉晴美の幼少時代の話。毒ばかりが振り撒かれる漫画の中にあって、一服の清涼剤になっている。こちらもすっかり定番になった。木津千里も藤吉晴美も、子供の頃は今とはまったく違う性格だったらしい。

絶望先生23集B (20)226話より
独身貴族登場!
何かツボだった。
それはそれとして、結婚ってなんなんでしょうね? 無条件で財産の半分を持っていかれる制度って、どうなんだろう? 男性にとって生活や労働がより厳しくなり、女性にとっては働かず公然と養ってもらえる口実が得られる。『ドラゴンクエスト1』のラストボス竜王に、「世界の半分をやるぞ」の契約にうっかりのってしまう感じなのだろうか。

絶望先生23集B (21)227話より
久米田康治作品には珍しい、極端なアオリ、俯瞰から描かれたショット。アニメになった時のカット割が楽しみな構図だ。
ところで、マリアのお尻に喜ぶ人って、どれだけいるのだろう? 謎の需要である。

絶望先生23集B (22)227話より
政府から切り捨てられた技術者たちが報復に乗り出す。衛星爆弾を作り出し、民主党本部を攻撃する。
いいぞ! もっとやれ!
最近は『尖閣諸島問題』でようやく民主党に不信感を抱く人が多数派になってきたものの、あの事件がなければ誰もまだ民主党に疑問を持たなかっただろう。
2009年、鳩山幸夫が内閣総理大臣に就任した時の支持率なんと70%。間もなくして鳩山幸夫が「バカ」であると判明し支持率は低下するものの、総理を菅直人に摩り替えただけで民主党への支持率60%までに回復。つまり、ほとんどの人は“民主党の政策”そのものに異議はなかったわけだ(どこの調査だったか忘れたが、鳩山政権発足後のアンケートで「政権が変わって生活が良くなったか」というものがあったが、良くなったと答えた人が3割近くもいた。まだ国会を一度も開いていない段階での話である。つくづく、普通の人にとって政治とは“気分”でしかないんだな、思わせるエピソードである)
「何となく生理的に嫌いな人が総理を後退したからもういいや」。一般において政治とは、そういう“気分”のようなものに過ぎない。多くの人にとって、麻生太郎総理も同じように捉えられていたのだろうと思う。
確かに政治の問題は難しい。一般の人にはわかりにくいし、政策がどう暮らしに関わってくるか、簡単にわからないものである。ほとんどが数年後や数十年後の歴史的評価みたいなものになって、ようやく良かったか悪かったの判断が下される。それに、公共の電波を通じて流れてくるデマゴギーの多さに、ついつい間違った考え方を抱き、判断を狂わせてしまう。とにかく、現在形ではなかなか審査しづらいのが政治なのである。
しかし、この場合ははっきりと言える。
民主党は日本のガンである
ついでに言うと、民主党による政権交代は、全共闘世代のロマンの具現化である。民主党を熱狂的に支持し、票を入れた人も、そろそろ目を覚ましてほしい。

絶望先生23集B (23)228話より
可符香風浦による逆転の発想。「先生の命の分母を小さくすればいいんですよ」もし糸色望の一生があと1日ならば、こーして横にいる小1時間が3年以上の価値に変わる。
変な理屈に聞こえるのだが、意外とそういうものなのかな……とか思ったりする。恋人の片方が死ぬ小説や映画がやたら人気なのは、「恋人が死ぬから」ではなく「一緒にいる時間が貴重に思えるから」かも知れない。いや、両方なのかな?
絶望先生23集B (24)ところで、背景に『マーガリン田原』と書かれた看板がある。他の場面でもしばしば見られる書き込みだ。元ネタはwebラジオ『さよなら絶望放送』だ。

229話より
なぜか和装姿の小森霧。前回、七夕のエピソードにも登場したのだが、なぜか和装姿ではなかった(毛布を被っていて、何を着ているのかわからなかった)
というわけなのかわからないが、1話遅れた229話で和装姿が披露される。作者の意図は不明だが、小森霧の和装姿をじっくり楽しみたい。絶望先生23集B (26)

絶望先生23集B (25)229話より
ええ、そうですとも。否定しません。また表紙裏のポジションに戻って来てください。
小森霧が大活躍のエピソード。第4期アニメ化が実に楽しみな一遍だ。

230話より
唐突に挿入される宿直室の場面。は、いいのだが気になるのが小森霧の髪形。なぜにそんなクリップの使い方を?

絶望先生23集B (27)漫画の最後に突然はじまる漫画。『AKaBane84物語』。一番人気と設定されているオトナリが主役の作品である。どうやら、AKaBane84に加わるまでの物語のようだ(多分、小芝居だろう)。
漫画の最後で『24月号に続く』と締めくくられている。これは、『24集に続く』という意味で期待していいのだろうか?







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